第72話 調査官は、二人の絆を試す

「それでは、アリアさんの無事と、今日の出会いを祝って、乾杯!!」


「乾杯!!」


「……完敗」


 海が見える素敵なレストランで、クリスとアリアとレオナルドは、杯を重ねた。


「ここは、シーフードがとっても美味しいお店なので、アリアさんにも気に入っていただけると嬉しいのですが……」


 そう言いながら、テーブルに届けられた大皿料理を取り分けて、クリスはアリアに差し出した。


「ありがとうございます」


 アリアは、頬を染めてそれを受け取った。


(くっそー!!アリアのヤツ、顔に騙されてデレデレしやがって……。イケメンなんて、みんな死ねばいいんだ……)


「……どうしたんです?レオナルドさん。僕の顔に何かついてます?」


「あっ……いや、ナンデモアリマセン」


「そう……ですか……」


 クリスは首を傾げるが、アリアとの会話を再開する。


「えっ?アリアさんってルクレティアの方なんですか?どおりで、美しいわけだ」


「やだ♪美しいだなんて。もう、クリスさんってお上手なんだから♪」


(なんなんだ……これは。俺は今、目の前で婚約者を寝取られようとしているのか?)


 ひとり蚊帳の外に置かれて、レオナルドはパスタにフォークを突き刺しながら、少し不貞腐れ気味で二人の様子を見つめる。


「実は、僕の師匠が今、ルクレティアにいるんですよ」


「えっ!?ホントですか」


「どうですか?一緒に行ってみませんか」


 ガタっ!!


「レオ!?……ど…どうしたの?」


 突然、睨むようにして立ち上がったレオナルドに、アリアは戸惑った。


「クリスさん。アリアを救ってくれたことには感謝します。……しかし、彼女は俺の婚約者だ。それを目の前でナンパしようとするなんて、非常識じゃありませんか?それとも、それが本土の男の流儀ってやつですか?」


「ちょっと……レオ。何を言って……」


「アリア。おまえもちょっと顔がいいからってデレデレして……。婚約者としての自覚があるのか?」


「はあっ!!いつ、わたしがデレデレしたっていうのよ!!」


「デレデレしているだろうが!!現に、今!!現在進行形で!!」


「してないわよ!!」


「してるだろうが!!」


「……二人とも。わかったから、そろそろおしまいにしない?ほら、みんな見てるからさ……」


「「あっ」」


 クリスの言葉に、周囲を見渡せば、客も店員もこちらの方に視線を集中させている。


 アリアもレオナルドも、恥ずかしさのあまり一旦矛を収めて席に着く。それを見計らって、クリスが口を開いた。


「まず、二人に謝るよ。このとおりだ。ごめんなさい」


「クリスさん!?ちょっと、どうしたんですか!!頭を上げてください」


「そうだよ。何でおまえが謝るんだ!?」


 突然頭を下げたクリスに、アリアとレオナルドが驚き、声を上げた。


「アリアさんを助けたのは偶然だった。それは誓って言える。だけどね、この席を設けたのは思惑があっての事。実は……さるお方が、娘さんとレオナルドさんとのお見合いを考えているという話を聞いてね。どのような方なのかと思ったわけで……」


「お見合い!?」


「レオと!?」


 レオナルドもアリアもまた驚き、声を上げた。


「もちろん、お二人の様子を見れば、その方も納得されるから心配しなくてもいいよ」


 その言葉にアリアはホッとした表情を浮かべるが、レオナルドは訝しんだ表情を崩さなかった。


「意味が分からない。俺はこの町に嫁を世話してもらうような親しい知人・縁者の類はいないはずなんだが……」


「君に居なくても、君のお父様にはいるわけで……」


「俺の父親?」


(そう言えば、親父が死ぬ前に、『ポトスの商人の身内に実父がいる』って言ってたっけ……)


 レオナルドは養父の言葉を思い出した。


「それで、俺の父親って誰なんだ。知ってるんだろ?」


「ああ、知ってる。だが、それを言うには、俺では荷が重すぎる……」


 そう言って、クリスは手帳を取り出して何やら記入すると、引きちぎって差し出した。


「知りたいのなら、そこに行けばいい。知りたくないのなら、無視すればいい。お見合いの話は、俺が報告しておくから心配しなくていい。それでいいなら、俺はこれで退散させてもらうが、いいかな?」


 レオナルドは、そのメモを受け取り、頷いた。

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