第70話 女商人は、攫われる
3月になり、ようやく春の暖かさが感じ始めた頃、アリアたちはポトスの町を訪れた。
「これが……ポトスかぁ……」
同行するシーロが感嘆の声を上げる。その人の多さからなのか、それとも石造りの建物が多さなのか、どうやら初めて見る景色に戸惑っているようだ。
ただ、ルクレティア出身のアリアからすれば、何ら大したことのない田舎町にしか見えない。人口が22万はいると聞いているが、それがどうした、という気持ちで街を進む。
「あら?」
そのとき、ショーウィンドウを見て、アリアは足を止めた。
「どうしたの?」
レオナルドが不思議に思って声をかけるが、すぐに足を止めた理由に気づく。
そこには、とても美しいウェディングドレスが展示されていたからだ。
「着たいの?」
「そりゃ……ねぇ。でも、これ高いよ」
見れば、値段は100万G。家を買うよりも高い値段だ。レオナルドの目が泳いだ。
「……さて、みんなを待たすのも悪いから、そろそろ行こうか」
さすがに手が出ないと思ったのか、レオナルドは見なかったことにして先を促した。
(もう……期待しちゃったじゃない!!)
とても買える値段ではないということはわかっていても、アリアはムッとしながら、早足で先へと進んだレオナルドの後を追った。
「えっ!!」
そのとき、横から伸びてきた手に腕を掴まれて、アリアは裏路地へと引きづりこまれた。
「ちょっ!!……ムグぅ!!」
力強い大きな手が、アリアの口を塞ぎ、相棒だろうか、もう一人の男がアリアの足首を持ち上げる。
油断した。まさか大通りで白昼堂々攫われるなんて。男どもに担がれながら奥へと運ばれ始め、アリアの視界から表通りの光が遠ざかっていく。
(……レオ、助けて……)
アリアはさっきから念じているが、彼はいつまで経っても姿を見せない。次第に心が絶望に染まっていく。さっきまで幸せいっぱいだったのに、なんて理不尽なことだ。
そして、辺りが暗闇に包まれたとき、アリアは自分の命運を悟り、神を呪った。
「おい、君たち。女の子を担いでどこに行こうとしているのかな?」
(レオ?)
助けに来てくれたの、とアリアは心が温かくなった。だが、よく顔を見ると、全く知らない男の人だった。
「なんだ!!てめえ!!邪魔すんじゃねぇ!!」
もう一人にアリアを押し付けて、人攫いはその男の人に突っかかっていく。手にはナイフを持って。
「危ない!!」
アリアは、大きな声で叫んだ。しかし、人攫いのナイフがその男の人を傷つけることはなかった。何か見えない壁に阻まれたように、大きな衝突音がしたかと思えば、そのまま目を回して倒れたのだ。
「ウィラー!?てめえ、よくも!!」
今度はアリアを担いでいた男が突進していく。……アリアを放り出して。
「イタっ!!」
突然、地面に落とされて、腰を強く打ちアリアは悲鳴を上げるが、その間にもう一人の男も地に臥していた。
「お怪我はありませんか?」
そう言いながら、差し出してきた手を取る。
(やだ……。とっても、イケメンだわ……)
アリアは思わず見とれてしまった。
「あの……大丈夫ですか?どこか、痛い所でも?」
「だ……だいじょうぶです。どこも痛くありません」
「そう。それはよかった」
固まってしまったアリアを見て、紳士的に丁寧に話す姿勢。アリアの目に好ましく映った。
「あの……ありがとうございました。差支えがなければ、お名前を?」
頬を赤らめてアリアがそう言うと、男は一瞬迷ったようだが、
「……クリス・アズナーヴルです。とにかく、ここは危険ですので、表通りまで送りましょう」
……そう言って、アリアの手を握って光の差す方へ誘ったのだった。
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