第58話 独裁者は、哀れな末路を辿る

「……そうか。ケトンは死んだか」


 国境をようやく越えて、一息を入れているところにもたらされた知らせに、ダネルは唸った。覚悟はしていたとはいえ、幼き頃から共にあった友ともいうべき彼の死は、ダネルに与えた衝撃は決して少ないものではなかった。


 だが、それはあくまで個人としての話だ。一国の王として、今優先すべき話ではないとダネルは判断し、感情を心の中に仕舞う。


「王宮には使者を出したのだな?」


 付き従うわずかな兵士にダネルは尋ねると、肯定する回答が返ってきた。


(……となると、この先のレフネールの森を越えれば、出迎えの者がいるだろう。そこまでいけば、ようやく息をつける……)


 ここはジャラール族の支配領域とはいえ、国境地帯だ。ゆえに、追撃の部隊がやって来る可能性は否定できない。ダネルは、休息を切り上げるよう命じると、準備が整ったのを見て先に進んだ。


 しばらく行くと、薄暗い森の中へと入っていった。レフネールの森だとダネルは理解した。およそ5kmほど行けば、森を抜ける。もう少しの辛抱だと、兵士たちを鼓舞した。


 ヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!


 左右から弓矢が飛んでくる。


「ぎゃあ!!」


「ぐふっ!!」


 2、3名の兵士にそれが当たり、倒れて行くのが見えた。


「へ……陛下をお守りしろ!!」


 親衛隊長が叫び、兵士たちは密集隊形を組むが、そこに覆面をした男たちが襲ってくる。


(反体制派の連中か?……ええい、忌々しい……)


 それでも、ダネルにはまだ余裕があった。多少数が多いようだが、正規軍にはかなうはずはないと。しかし、彼の予測を裏切り、兵士たちは次々と倒れ、密集隊形は崩れていく。


(これは……反体制派の襲撃ではない?)


 その動きを見れば、あきらかに訓練されているのがわかる。平民の寄せ集めにしか過ぎない反体制派の連中の動きにしては不自然だった。


「陛下!!お逃げを!!これは謀反です!!」


 親衛隊長も同じ結論に辿り着いて叫んだのだろうが、ダネルは動かなかった。


(テネス将軍の謀反?……いや、背後で糸を引くのはレグラか……)


 ダネルは的確に真相を見抜いた。見抜いたがゆえに、同時にもうどうしようもないことも悟った。なにせ、留守部隊の中で最大兵力を持つ将軍が敵に回ったのだ。例えこの森を脱出できたとしても、死に場所が森の外に変わるだけの話だ。


 ゆえに、ダネルは馬から降りて剣を抜いた。そして、襲い掛かってくる敵を相手に剣を振るった。


「怯むな!!味方にあたっても構わん!!矢を射かけろ!!」


 指揮官らしき男の言葉に、切り結んでいた相手がギョッとした表情を浮かべるが、宣言通り、無数の矢が降り注いできた。


「うぐっ!!」


 目の前の相手にも刺さったが、それでも何本かの矢がダネルの体を貫いた。だが、ダレルはそれでも倒れず剣を振るい続けた。しかし……。


「むぐぅっ!!」


 数人がかりで周りから一斉に剣を突き立てられ、口から血を吹き出しながら崩れ落ちた。


「おのれぇ……ひきょうもの……が……」


 それが最後の言葉となった。こうしてダネルは、表向きは反体制派の手によって、殺害された。

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