第51話 女商人は、棺桶から起き上がる

 その夜、避難場所となった銀鉱山は悲しみに包まれた。


 マルスが連れて戻ったアリアは、すでに事切れた後だった。


 医師の見立てによると、死因は矢が動脈を損傷したことによる出血死。もがき苦しむことなく往けたのが、せめてもの救いだというが、慰めにもならない。


 多くの者が、来月花嫁になっていたはずの故人を想い……涙した。


「それで、ご家族の方は……」


 葬儀の準備をしながら、イザベラはボンに尋ねた。寄付金を貰おうとは一切考えていないが、どこに埋葬するのかは決めておかなければならない。まして、村は占領されているのだ。


 もし、村での埋葬を望むのならば、腐敗が始まらないうちに保存魔法を使用しなければならないのだ。


「アリアさんの本当の身内は、本土っスからね。なので、マチルダ夫人に伺おうとしたっスけど……」


 マチルダ夫人は、二人の息子と共に銀鉱山の奥の小部屋で謹慎している。今回の騒動の全ての責任は自分たちにあると言って。


「葬儀には出席するって言ってたっスけど、喪主になる資格はないと……」


 イザベラはため息をついた。気持ちはわかるけど、アリアさんの気持ちを想えば、そんなことを言っては欲しくないんじゃないかなと思った。


「それなら、レオナルドさんは?」


「それが……姿が見えないっス」


「姿が見えない?」


 イザベラは怪訝な表情を浮かべた。盗賊が動き出したということが分かった時点で、作戦行動中だったレオナルドにも、マリアーノにも連絡は送ったはずだ。そもそも、その作戦においてもレオナルドはこの銀鉱山にいたはずなのに。


「どういうこと?」


「さあ?ひょっとして、一人でかたき討ちに出かけたとか?」


 ボンは不謹慎にも笑っていったが、以前の港での解放戦、自分を助け出した時の手際を思えば、イザベラはあり得ない話ではないと考えた。


 ただ、どちらにしても、葬儀の問題は解決できない。


「仕方ないわ。暫定村長のシーロさんに、仮喪主をお願い……」


「大変です!!アリアさんがアンデットに!!」


 駆け込んできたカルロスの言葉に、イザベラとボンは顔を見合した後……


「「はああっ!?」」


 ……と叫んだ。





(これは一体、どういうことなのかしら?)


 棺の蓋を自ら開けて、半身体を起こしたアリアは、感触を確かめるかのように手の指をグーチョキさせてみた。


(動いている?あれ?死んだんじゃなかったっけ?)


 あたりを見渡すと、見覚えのある洞窟の壁。以前、魔法カバンに物資を詰め込んだ保管庫だったことに気づく。


「イザベラさん、ボンさん、こちらです!!」


 部屋の外から騒がしくも声が聞こえる。扉がバンと開かれて、彼らは目の前に現れた。


 何か言おうと迷ったが、


「ヤッホー!久しぶり?」


 と言ってみた。


 しかし、イザベラは青ざめて、錫杖をかざして言った。


「迷える子羊よ!!哀れなるかな。生者の営みを脅かさず、安らかにあの世へ去れ!!」


 それは、アンデッド系モンスターを浄化させる呪文。しかし、生者であるアリアには効かなかった。


「ば……ばかな……」


 カランという音が響き渡り、イザベラは錫杖を落とした。


「こんな強力なアンデッド……わたしの力では浄化できない」


 イザベラは「神よ、救いたまえ」と手を合わせてお祈りを始めた。


「いや……生きてるからね?たぶん……だけど」


 騒動を聞いて駆けつけた多くの村人たちに拝まれながら、アリアは無事生還したことを報告したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る