第50話 騎士は、間に合わず慟哭する

 時間は少しだけ遡る。


 村に盗賊が突入するギリギリのところでシーロとニーナを連れて脱出に成功したマルスは、避難民の列から離れて行く1騎の姿を遠目で見つけた。


 ただ、それだけで不審に思ったわけではない。しばらくそのまま進んだ時に、自分の部下——ジャックが真っ青な顔をして逆走しているのを見て、何かおかしいことに気づいた。なぜなら、ジャックたちには、アリアの護衛を任せていたからだ。


「どうした!!なにがあったか!!」


「あっ!!」


 マルスが聞こえるように叫ぶと、ジャックはホッとしたような顔をして近づいてくる。彼は告げた。アリアが子供を助けるために単身村に向かったと。


「この馬鹿者が!!なぜ止めなかったのか!!」


「ひっ!!」


 先程浮かべた安堵の表情を一転させ、ジャックは青ざめる。ただ、マルスはそうは言いながらも、おおよその事情は察している。彼女は止めて止まる人じゃないのだ。


(すると……さっきのは……)


 マルスの中で確信した。さっき、わき道に入っていった馬上の人間がアリアであるということを。


「おい、おまえの馬をよこせ!!」


 マルスが命じると、ジャックは慌てて馬から降りた。そして、それに跨りマルスは命じた。


「おまえは、その馬車に乗ってこのまま進め。シーロ。万一の時は皆を頼む」


 アリア同様、一方的に告げて、マルスは全速力で馬を駆けた。やがて、道は林の中へと至ったが、マルスは速度を落とすことなく駆けた。


「むっ?」


 もうすぐ海岸、というところで、早足で走っている馬にしがみついている二人の男の子の姿が見えた。


「どうどうどう……」


 マルスは、一度すれ違った後、騎首を返して並走し、手綱を掴んで足を止めさせた。男の子たちは泣いていた。


「アリアお姉さんが……アリアお姉さんが……」


 ダリルが嗚咽しながら、その先が言えずに泣いていた。まだ小さな子供だ。本当なら泣き止むのを待って落ち着いてから聞くべきなのだろう。だが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。マルスは怒鳴りつけた。


「何があった!!男なら泣かずに言わんか!!」


 その剣幕に、ダリルは袖口で涙を拭って告げた。アリアがこの先の海岸で、矢が突き刺さって倒れていることを。


「ダリル!お前馬は乗れるな?」


「はい」


「だったら、おまえたちはこのまま母ちゃんの所に戻れ。俺はアリアさんを助けてくるから。いいな」


 ダリルは頷いた。マルスは、それを見てそのまま馬を先に進めた。


(あれか……)


 少し先に倒れている人が見える。そして、その周りを2、3人の盗賊たちが囲んでいる。


「アリアさんに、汚い手でさわるんじゃねぇ!!」


 マルスは馬を加速させて、その勢いで剣を振り、いやらしい顔つきでアリアの体に触ろうとしていた男の首を刎ねた。


「なんだ!!おまえは!!」


 その隣にいた男が叫んだが、この男の首も難なく飛ばし、残る一人もその勢いで同様にした。


「アリアさん!!」


 幸いにも周りにいる盗賊はこの3人だけだったこともあり、マルスは急いで馬を下りてそのまま抱き上げると、そのまま馬を東へを走らせた。


(アリアさん……)


 腕に中でアリアを抱きしめながら、マルスは馬を走らせた。いつもならば、「なにすんのよ!」ってビンタでもされるのに、反応はない。それどころか、その温もりが少しずつ失われていく。


 マルスの目から涙が止め処なく流れる。言葉にならない声がこぼれる。何度も何度も。


 わかっている。彼女はすでに死んでいるのだ。

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