第48話 女商人は、避難を命じる
「すると、奴らはここからもう20kmのところに迫っているのね?」
歩兵であれば、まだ1日猶予はあるが、おそらくは先遣隊として騎馬兵がやってくるだろう。つまりは、3時間か4時間の猶予しか残されていない。
「マルス。レオの想定にはこのことは入っているのかしら?」
「いえ。なにも言っておられませんでしたので、予想外のことだと思います」
その回答に、アリアは息を吐き出した。これで、一縷の望みは消えた。
「一応、聞いておくけど、勝てるわけないよね?」
「はい。目撃した村人からの報告では、騎馬兵だけでも数百はいるようですので」
マルスはためらうことなく答えた。
「じゃあ、迷うことはないわね。逃げるわよ」
アリアは、避難に向けた様々な指示をマルスに下した。
「荷物は名前を書いて広場に集めろ!!村長が魔法カバンに入れて運んでくれるから」
「荷物を預けたら、北の銀鉱山へ向かえ!!馬車は体が不自由な者のみだ。おい、そこ!!デブだが歩けるだろう?しれっと乗ろうとするな!!」
マルスたち兵士が手分けして村人たちに呼びかけている。アリアは魔法カバンを起動させて預けられていく荷物を吸い込んでいく。ただし、食料と金目の物はある程度は残していく。盗賊の足をこの村から先に進ませないために。
「それにしても、そのカバン。便利ですよね?」
横で護衛を兼ねて立っているマルスがそう言うと、アリアは苦笑いを浮かべて言った。「こんないい物をくれたことだけは、勇者に感謝してもいいかな」と。
そんなこんなで2時間ほど過ぎると、村は閑散とし始めた。もう広場に物を預けに来るものはおらず、馬車も残りわずかとなっている。
「アリアさんも……そろそろ」
マルスに言葉をかけられて、アリアは広場を立ち去ろうとして、何か忘れているようなきがした。
「あっ!!」
「どうかしましたか?」
「そういえば、シーロとニーナよ。マルス、あなたは見た?」
「あっ……そういえば……」
彼らは村の外れに住んでいるのだ。マルスが慌てて村人たちに知らせて回った兵士を呼び、事の真偽を確認したが、「知らせていない」という回答だった。
「おい、おまえらはアリアさんを馬車に乗せて速やかにこの村を離脱しろ。俺は、もう1台の馬車であいつらを迎えに行く」
「ちょ……ちょっと!!わたしも……」
アリアは自分も行くと伝えようとしたが、マルスはアリアの返事を聞かずに近くに停めてあった馬車に乗り込んで走らせた。
「さあ、アリアさん。参りましょう」
残された二人の兵士に促され、仕方なくアリアも馬車に乗り込んだ。馬車は村の入り口から出るとそのまま北上した。逃れるために列を作る村人たちにはすぐに追いついた。
「アリアさん……」
そのとき、聞き覚えのあるマチルダ夫人の声が耳を突いた。振り向くと、今にも泣きそうにしていることに気づいた。
「お義母さま。どうかされましたか?」
アリアがいつものようにやさしく声をかけると、夫人は目から涙を流して崩れ落ちた。
「どうかされたんですか!?」
アリアは慌てて駆け寄ると、夫人は言った。「あの子たちがいないの」と。
夫人の二人の子供。つまり、レオナルドの弟たち、ダリルとジルドがいないことにアリアも気づいた。
「一緒に出られましたよね?」
アリアは、広場で荷物を預けた後、3人で歩いて去っていく姿を見ており、確認する。夫人は頷いたが、「途中ではぐれてしまった」と言った。
「あなたたち、申し訳ないけど……ちょっと聞いて回ってくれないかしら?」
二人の兵士は、承諾の意を伝えた。そして、馬車から馬を外すと、それに跨って列をなして行進する村人たちに聞きに回るのだった。
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