第43話 女商人は、だまされるのが悪いとほくそ笑む

 11月中旬。ジャラール族から【赤色魔力の水晶】が届けられたことを受けて、レオナルドは理由を告げずにアリアをその保管場所に案内した。


 なんだろうと訝しみながら、扉を開いた先に積み上げられているものの中身を確認して、アリアは驚きのあまり目を丸くした。


「これ……【赤色魔力の水晶】じゃないの!?しかも、こんなにも……レオ。一体これは……」


「ははは。まあ……ちょっくら、ジャラールのスパイを騙してやったのさ。これは俺が『とあるときにアリアに反乱を起こすこと』に対する見返りさ」


「は……反乱!?」


 聞き捨てならない言葉に、アリアはもう一度驚く。


「ああ……もちろん、そんなことはしないって。もっとも、それを逆手にとって、反乱を起こす振りはしようと思っているけどな」


「振り?」


「連中の目論見は、ヤンの部族と戦争しているときに、うちらが横から手助けできないようにしたいわけだ。だから、俺が反乱を起こす『振り』をすれば、おそらく、援軍はないと油断するはずだ。そこを奇襲すれば……」


 勝てるわね、とアリアは思った。


(まあ、商売はだまされる方が悪いわけだし)


 自分がだまされてここに連れてこられたことをすっかり忘れて、アリアは受け取った【赤色魔力の水晶】をありがたく使うことにした。


「じゃあ、シーロに伝えてくるわね」


 アリアはそう言って小屋を後にした。


「ん?」


 シーロのいる研究所に向かう道すがら、すれ違う人たちの様子がおかしいことようにアリアは思った。自分を見てひそひそ話をしているような……。


「あの、なにか?」


 気になったアリアが、思い切って近くにいた年配の女性に尋ねたが……


「あ……いえいえ、なんでもありませんわ。アリアさんも……いえ、やっぱりなんでも……」


 ……と、なにやら奥歯に挟まったようにして足早に立ち去っていく。


(ホントに、何なのよ!)


 少しイラつきながら通りを過ぎて村の外れまでいくと、シーロの研究室が見えた。


 ちょうど外にシーロとニーナがいたことに気づき、アリアは駆けだそうとした。


「あっ!アリアさん!?」


「待って!!走っちゃダメ!!」


「えっ?」


 シーロとニーナが突然叫び、逆にこちらにむかって駆けてきた。


「どうしたの?二人とも」


 二人の様子が明らかにおかしいと思いつつ、アリアは尋ねた。すると、ニーナが息も絶え絶えに言った。


「アリアさん……。ハアハア……妊婦さんなのに……走っちゃダメじゃないですか!!」


 何を言っているのか、アリアは理解できなかった。


「ハアハア……すみませんでした。まさか、レオナルドさんがそんな卑劣な男だったは気づかず……。俺は……自分たちの幸せばかり……姐さん、本当に申し訳ありませんでした!!」


 息絶え絶えのまま、その場で土下座するシーロ。ますますもって、理解できない。


「あの……二人とも、何を言ってるの?」


 アリアは素直な思いを伝えた。すると、シーロとニーナはお互い顔を見合わせる。


「シーロ?ニーナ?」


 なおも、首を傾げるアリアを見て、シーロが言った。


「……レオナルドさんが嫌がるアリアさんを無理やり犯して、挙句妊娠させたと聞いたのですが?」


「はあ!?なによ、それ!!そんなわけないでしょ!?」


「でも……村中その話題で持ちきりですよ。さっきも、イザベラさんがボンさんから聞いたんだけどって相談に来られてましたし」


 アリアは呆然とした。そして、ここまで来る道筋で感じた違和感の正体にようやく気づいた。おそらくは、スパイを騙すためときについた嘘なのだろう。だが……。


「レオぉ~!!嘘つくなら、もっと考えて言えぇ!!」


 もちろん、ここにはレオナルドはいないが、アリアは叫んだ。そして、この噂話をどのように収拾しようかと頭を悩ませるのだった。

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