第36話 女商人は、事前調査の甘さに落ち込む

「これはこれは、アリアさんに……うっ!レオナルドさんも?……ま、まあ、とにかく、こんな遠い所までよくお越しくださいました」


 テントに入ってきたアリアたちをラモン族の族長・レージーが恭しく出迎える。……なにか、奥歯に挟まったような感じであったが。


「それで、今日はどのような御用件ですかな?……あいにく、娘は所用で出ておりますが」


 レージーはそう言いながら、アリアの後ろに立っていた部下にアイコンタクトを送っていた。その態度もさることながら、なぜ、娘の話が出るのか……とアリアは訝しんだ。


 しかし、それは本題には関係ないことと気を取り直し、アリアは仕切り直して言った。


「単刀直入に申し上げます。族長のお力で、ジャラール族産の【赤色魔力の水晶】を手に入れることはできないでしょうか?」


 もし、かなえていただければ、向こう半年、オランジバーク産の塩を半値で提供するという条件を添えて。だが、レージーはため息をついて首を左右に振った。


「ジャラール族の……しかも、【赤色魔力の水晶】ですか。いや……それは無理でしょうな」


 レージーは、にべもなくアリアのお願いを断った。


「……理由をお聞かせいただいても?」


「……アリア殿は、【赤色魔力の水晶】を手に入れて、何をなさるおつもりですかな?」


 質問に質問で返される形となったが、アリアは素直に答えた。「【従魔石】をつくるためです」と。加えて、船を建造して交易に乗り出すことも伝えた。


 すると、レージーは考えている素振りを見せた。言うか言わないか、迷っているような感じで。


「族長?」


「あっ……失礼しました。【従魔石】という物は知っていたのですが、そのような使われ方があるとは知らなかったもので……」


 悪気があったわけではないと、レージーは言った。アリアは、横に座るレオナルドを見たが、彼も知らないようだった。


「他に使い方があるのですか?」


 アリアは、シーロの話だけではなく事前にもっと調べておけばと思いながらも、取り繕っても仕方ないと素直に尋ねた。すると、レージーは良いでしょうと言って話してくれた。


「アリアさんは、【従魔石】を船に取り付けて海獣に襲われないようにすると言われましたが、そもそもなぜ襲われないと思いますか?」


「なぜって……そういえば、なんでだろう?」


「……実は、【従魔石】の原料になる【赤色魔力の水晶】には、かつて魔物を統率していた古の魔王の力が宿っているからです」


「古の……魔王……?」


 アリアは驚いた。そのような話を大学はもとより、こちらに来てからも聞いたことはなかったからだ。


「我々の認識では、【従魔石】は魔物を従えるための媒体に用いられる非常に危険な代物……。なにせ、上手くやれば、ドラゴンであっても意のままに操ることができるのですからな」


「つまり……」


「ええ。そのような危険な物を少量であっても友好関係にない我々に提供することはありえない、という話です」


 レージーの言葉に、アリアは唸った。だが、だからと言って「はい、わかりました」と引き下がるわけにはいかない。


「族長。ジャラール族の方と交流する機会を設けていただくわけにはいきませんでしょうか?」


「交流ですか……?」


「ええ。交流を通して友好関係を築いて……それから……」


 アリアはなおも自分の描いたプランを説明しようとするも、レージーはそれを止めた。


「族長殿?」


「やめておいて方がよろしいと思いますぞ。それをすれば、アリアさんは、ヤン殿を裏切ることになる」


「えっ?」


 思ってもみなかった言葉に、アリアは衝撃を受けた。レージーは語った。


「先頃、ジャラール族がネポムク族の支配領域に挑発を仕掛けたようです。今のところ、ヤン殿は開戦には消極的な模様ですが、いつ戦争になってもおかしくないとわたしは見ています。そのような相手と、今、あなたは本気で交流を持とうというのですかな?」


 ハンマーで殴られたような気がして、アリアは消沈した。

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