第35話 王子様は、国を憂う

「これは……一体……」


 ジャラール王国の首都ダレルパレスに3年ぶりに帰還したラウス王子が、町の入り口に並べられた無数の生首を見て驚いた。


「じい!これはどういうことなのだ?なぜ、こんなにも……」


 出迎えに来た内大臣のレグラに尋ねるが、「この者たちは反逆者です」としか答えてくれない。ラウスは仕方なく供の者を引き連れて町に入った。


(……なんということだ。どうしてこんなことに)


 ラウスは、王宮に向かう道すがら周囲を見て目を細める。この辺りは平民のテントが立ち並んでいるエリアだが、すれ違う人たちは大人子供問わず体は痩せこけて、何処からかはわからないが、腐臭すら時折漂ってきている。


「殿下だ……」


 誰かが叫んだ。すると、周囲の者たちが一斉に駆け寄ってくる。みんな、笑顔だ。


「殿下だ。ついにお帰りになられた!」


「殿下。おかえりなさい!!」


その声、その言葉に、胸が熱くなり、ラウスは馬を降りようとした。しかし……。


「無礼者!!下がれ!下がれ!下がれ!!」


 レグラが連れてきた兵士が、近づいてくる者たちに鞭を振るった。


「な……なにをするか!やめよ!!」


 ラウスは、馬を下りて兵士を止めようとするが、レグラに遮られる。


「そこをどけ!!」


「なりませぬ」


「俺の命令が聞けぬのか!どかぬか!!」


「どきませぬ」


 そうしている間に、駆け寄ろうとした者たちは怯えながら去っていく。


「殿下。どうか、ご身分をお考え下さいませ。我が国は、以前のような部族社会から脱却したのですから」


 レグラが跪いて、忠臣面でラウスを諫める。


(なにが『我が国』だ!他の部族とどこが違うというのだ!)


 留学していたアルカ帝国のように『城』や『家』といった建築物を有さず、法律もろくに制定ない。それどころか、文字を読める奴がどれほどいる?


(背伸びして『王国』と言い張っているだけじゃないか!)


 ラウスは、このしたり顔の老臣を心の中では罵った。


「ん?あれは?」


 今度は広場で、兵士たちが荷車に小麦の入った袋を載せているのが見えた。その数は非常に多い。すると、ラウスの疑問にレグラは淡々と答えた。


「あれは、今度のいくさに備えて、最前線に送る兵糧にございます」


 ラウスは信じられない思いを抱き目眩がした。そして、激高した。


「いくさだと!?そんなことをしている場合か?このように、皆腹を空かせておると言うのに!!」


「陛下のお決めになられたことです。それ以上のことは……」


 レグラはそれきり口をつぐんだ。


(自国民が飢えているのに、戦争とは……おかしい。狂っている)


 馬を先に進めながらラウスは独りそう思っていると、豪華なテントが立ち並ぶ貴族エリアに入った。


「これは殿下!お久しゅうございます」


「お変わりがなくて何よりです」


 すれ違う者たちから声をかけられる。先程まで見た人たちと比べて血色もよく幸福そうだ。かけられる暖かい言葉とは真逆に、ラウスの心は冷えて行く。


(このままでは、我が国は遠からず……)


 目の前には出迎える父の姿が見えた。他の貴族同様に血色がよい。おそらく、話しても無駄だろう。それならば……。


「父上。ご無沙汰しております。アルカ帝国より、ただいま帰ってまいりました」


「ごくろうだった。ささ、留学で学んだことを父に教えてくれ」


 笑顔で出迎える父と和やかに会話を交わしながら、心の中ではこのゆがみを正していこうとラウスは決意した。

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