第32話 女商人は、納期短縮を強要する

「従魔石……ですか……」


「シーロなら作れないかな?って思って……」


「絶対に……と言われれば、自信はありませんが、他ならぬ姐さんの頼みですので、調べてみることにします。……少々、時間はかかるかもしれませんが」


 ここは、村の外れに建てられた研究所。その所長室でソファーに腰を掛けたシーロは眼鏡をくいッと上げて、そう答えた。すると、助手のニーナがかわいく首を傾げた。


「……先生。そんなに安請け合いしてよろしいのですか?マルスさんから頼まれた『ホレ薬』の調合はどうするのですか?」


「ホレ薬?」


 アリアが怪訝そうに首を傾げる。


「あっ……はは、やだな、ニーナ君。そんな依頼なんてボクは知らないよ?君は一体何を言ってるんだい?」


「だって……昨日、『男のロマンだ。よく思いついてくれた』って、マルスさんの手を握って楽しそうにしてじゃないですか?」


「シーロ……」


 ジロリとアリアに睨まれて、シーロの額から汗が流れ頬を伝う。何か言わなければ……そう思うが、焦れば焦るほど、何も思いつかない。


(いやだ……あんなお仕置きはもうイヤぁ!!!!)


 以前、透視薬をボンに頼まれて作ったことがバレたとき、女装させられて1日中酒場で男たちの相手をさせられて……ガチで男たちに告白されたときの絶望感。もう二度と味わいたくはない。


「……シーロ。そんなに時間はかからないわよね?」


「も……もちろん!!最優先でやらさせていただきます!!」


 シーロの返答に満足したのか、アリアはそれ以上追求しなかった。すると、アリアはもうここにはないと言わんばかりに立ち上がり、見送りをするニーナと共にこの部屋から出て行った。


(きっと……これからマルスをシメに行くんだろうな……)


 一人きりになった所長室で、シーロは独り言ちた。しかし、自分にはどうすることもできない。せめても……と思い、友人の冥福を祈った。


「先生……なにしてるんですか?お祈りなんかして」


 アリアの見送りを済ませたニーナが戻ってきた。この娘はサーリ族の娘で、ひと月前からこの研究所で働いてくれている。レオナルドの紹介だったため、浮気相手を押し付けられたのかと疑ったが、非常に好奇心旺盛で優秀な人であり、今ではいなくては困る存在になっていた。


「それで、どっちの服着ますか?セーラ服とブレザー。あと、スカートはもちろんどちらもミニで」


「へっ?」


「へっ?じゃありませんわ。お仕置きタイムです。【従魔石】の研究が済むまで、着用するように言付かりましたので。……あとは、カツラと胸パットは……と」


 どこにそんなものを仕舞っていたのか、と問いただしたいシーロであったが、そんなことを言っている場合じゃない。ここは2階ではあるが……窓から飛び降りて逃げるしかない。そう思って、衣装選びでニーナが目を逸らしたすきに、窓の取っ手を掴み、開けようとするが……。


「あれ!?」


 どういう絡繰りか、窓はビクともせず開くことはなかった。何度もガチャガチャを引っ張ってみても結果は同じ。


「フフフ……無駄ですわ。わたしの魔法でその扉は開かないように固定されてますのよ」


 耳元で息を吹きかけるようにささやいたニーナに、シーロは驚き距離を取ろうとする。……が、逃げ切れなかった。彼女の指がシーロの胸をなぞっていく。


「先生……。わたし、先生の『女装姿』を見たときから、先生のことが気になって……」


(……まさかの愛の告白!?でも、『女装姿』……って?)


 混乱するシーロをよそに、ニーナの指はシャツのボタンを一つずつ外していく。


「……ですから、アリアさまがこうしてわたしに機会を与えてくださったことを神に感謝していますわ。さあ、ともに参りましょう。禁断の百合の世界へ」


 ぎゃあああああーーーーー!!!!!


 ……研究所に、恐怖の叫び声が響き渡った。

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