第2章 女商人は、独裁者を破滅へ導く

第31話 女商人は、スローガンを唱和する

 アリアたちが村長を処断してから3か月が経った。季節はもう秋。オランジバークの街路樹は赤く色づいている。


 そんな景色の移り変わりを楽しむことなく、アリアはこの日も旧村長宅にあてがわれた執務室でひとり籠って考えていた。机の上には調べかけの本が乱雑に積み重ねられて、床には書きかけのメモが散乱している。


「やっぱり……船よね。船がないと、何もできないわ」


 今日だけでも何度目だろうか。アリアはまた呟いた。すると、ドアがノックされ、レオナルドがひょっこり顔を出した。


「また考えてるのかい?勇者にどうやって仕返ししようかって」


「あったりまえよ!!『絶対に、絶対にぜ~ったいに復讐してやる!!』って決めてるんだから!!わたしは、受けた恨みは絶対に忘れたりしなーいの!!」


 その執念深さに、レオナルドの背筋は寒くなった。もし、浮気なんかバレた日にはとんでもないことになると。


(ヤンの奴に、ミーシャちゃんのことをバラされたときは、地獄見たからなぁ……)


 3日間一切口をきいてもらえず、食事も抜き。さらに、外で食べようと思っても店はすべて入店拒否の指令が下されていて……。ひもじさのあまり、庭に生えている草や木の皮を剝いで食べたことをレオナルドは今でも覚えている。


「どうかしたの?ひょっとして……」


「いや!浮気なんてしてませんです!パフパフ屋なんかにも行ってませんです!はい!!」


「……まだ何も言ってないんだけど」


 条件反射的に言い訳したレオナルドを見て、アリアは訝しんだが、一先ずそのことを置いて、おもむろに立ち上がり、窓を開けた。


 窓の外に広がるオランジバークの村は、この3か月で様変わりした。


 アリアの提案で各部族の村々をつなぐ街道の整備を進めた結果、物流状況は格段と向上した。この村には多くの物が集まるようになり、持ち込まれた産物を公正に取引するための公営の取引場が設けられた。


 すると、取引場に訪れる人を目当てとした露店が、周辺の通りに立ち並ぶようになり、さらに、それらの露店目当てに周辺の村々から人が集まっては、お金を落としていくという好循環を生み出した。


 村長となったアリアの手腕に対する評判は、この村のみならず、周辺部族の村々にまで広まっている。今のままでも十分ではないかと、レオナルドは思った。しかし……。


「……それだけじゃあ、いずれ頭打ちになるのよね」


 アリアが船を欲しがるのは、本土に乗り込んで直接勇者に復讐を遂げるため……という目的もさることながら、この村、さらにいえば協力してくれている諸部族全体が今以上に豊かになるためには、貿易が必要不可欠であると考えているからである。


「ネックは、沖合にいる海獣なんだよね。安全に通行するためには【従魔石】を船首に取り付ける必要があるんだけど、一番近くで売っているのがポトス……。そもそも、そこに簡単に行けるんなら、こんなに悩まないっつうの!!」


 また独り言が始まったと、レオナルドは生暖かく見つめた。


(こんな調子で、本当に12月に結婚式挙げてくれるんだろうか……)


 さすがに、勇者討伐まで待ってたら、おじいさんになってしまうと懇願して、なんとかその約束を取り付けたが、本当に大丈夫かとレオナルドは一抹の不安を感じていた。


「いっそのこと、シーロに作ってもらったら?」


「シーロに?……あっ!その手があったわ!!」


 レオナルドは、冗談めかしく言ったつもりだったが、アリアは真に受けて、「ちょっと出かけてくる」といって足早に去っていった。


「ちょっと……アリア……」


 声をかけても帰っては来ない。一人ぽつんと取り残されたレオナルドは空しくなり、結婚式の延期を半ば覚悟するのだった。

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