第30話 勇者は、暗殺団に襲われて逃走する

「えっ……オスナが殺された!?」


 教会から帰ってきたカミラにそう言われて、アベルは驚いた。


「それは間違いないのか?あいつは名うての剣の使い手だぞ。誰が殺せるって言うんだ!?」


「知らないわよ!!わたしだって、教会に運ばれてきたアイツの遺体を見て驚いたんだから!」


 カミラは取り乱すアベルを宥めながら、経緯を話した。


「つまり……オスナは、毒を盛られたと?」


「神官たちは、不摂生が祟った末の心臓発作と言っているけど、わたしの鑑定魔法の結果は『毒』。たしか、最近、一緒に住むようになった女の子ができたって言ってたわね?」


 カミラの言葉に、アベルは記憶を手繰る。確かにいた。そばかすが印象的な赤毛の女。


「まさかと思うけど……その女の子、今どうしている?」


 アベルは、嫌な予感を覚えつつカミラに尋ねた。


「いなかったわ。さっき行ってみたけど、もぬけの殻と言った方がいいくらい、彼女が暮らしていた痕跡は残されていなかったわ」


(暗殺者……。そんなことができるのは……)


 アベルはその女の正体に思い至り、息をのむ。そして、【魔力探知】を起動させて、周囲の様子を探る。敵対意志を持つ反応が数多く表示されていた。


「まずい!!逃げるぞ!!」


「えっ!?」


 戸惑うカミラの手を掴み、そのまま抱きかかえると、アベルは加速魔法を自らの足にかけて走り出す。


「おい!!逃げたぞ!!」


 周囲から男たちの声が聞こえたが、魔法をかけたアベルの足にはかなわず、その距離はあっというまに離れて行く。


「どういうことなの!?説明してよ!!」


 腕の中で、カミラが説明を求めるも、アベルは答えなかった。





「なに!?逃がしただと!!」


 ハルシオン国王が居住する王宮の一室で、部下からの報告を耳にして、ベルナール王子は食事中にもかかわらず激高した。


「……お、おそれながら、奴らの一味である魔法使いのマフガフは、殺害に成功しておりますれば……」


「肝心の勇者を逃しては、意味がないだろうが!!この馬鹿者が!!」


 ベルナールは、勢いそのままその部下を足蹴にした。


「お許しを……どうか、お許しを……」


 跪いて、必死に許しを請うが、ベルナールは剣を抜くと、そのまま突き刺した。


「役立たずの無能者には用はない」


 ドサリという音と共に、その部下は崩れ落ちた。


(……くそ、唯一のチャンスを逃した以上、ヤツの逃亡を防ぐ手立てはない)


 性格は決していいとは言えないが、あれでも勇者なのだ。ベルナールが飼っている優秀な暗殺部隊をもってしても、正面から戦えば、勝つことなど望むべくもない。


「落ち着いたら?」


 ベルナールが振り向くと、彼の妻が微笑んだ。


「セリーヌ……そうは言ってもだな、王女殺害の秘密に関わっている以上、放置するわけにはいかぬではないか。ダメ元で、国境封鎖……いや、奴は船を持っているから、海上封鎖を手配せねば……」


 軍に手配するべく、ベルナールは呼び鈴を鳴らそうとするが、セリーヌに止められる。


「ダメよ。そんなことしたら、あなたは負けよ」


「負け?それは、どういうことだ……?」


 セリーヌは、丁寧に説明した。まず、そのように大規模に軍を動かしてしまえば、多くの人に不信感を与えてしまうということ。そして、そのことが国王の耳に入り、詰問された場合、そこから秘密が漏れる可能性があるというのだ。


「それに、あなたは勇者に直接会ったわけではないのでしょ?」


「それは……そうだが……」


 依頼の話は、いつも先程殺した部下にやらせていたことを思い出す。


「なら、動いちゃダメ。勇者も王室が噛んでいる話とは理解しているでしょうけど、だからと言って、あなたに繋がる根拠は何も持っていないわ。今、動いたらわざわざそれを教えるようなものよ」


 賢い妻にさとされて、ベルナールは静かに頷いた。

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