第29話 シスターは、心の中心で愛を叫ぶ
「イザベラさん。今日は天気がいいですよ。少し、外に行きませんか?」
アリアという少女が、やさしく微笑みながら話しかけてくれる。ありがたいと思うが、こういうときにどう返していいのか思い出せないし、体にも力が入らない。
暖かい陽の光が差し込み、清潔なベッドの上に寝かされて……助けられたということはわかっている。どこから?わからない。思い出したくない。
「アリアさん。まだ早いんじゃないっスか。イザベラさんもきっと戸惑ってるっす」
この人は、ボンさん。小柄で、決してハンサムとは言えないけれども、優しい人。何かと気遣ってくれて、ときどき笑わせようと変な顔を見せてくれたり、歌ったり踊ったりもしてくれる。……それでも、表情を変えることができず、笑うことすらできないのは、申し訳ないけど。
「でも、引きこもってばかりじゃ、いつまで経ってもよくならないんじゃ?」
「急がして、より一層悪くなったら、どうするんッスか!?」
目の前で、二人が言い争いを始める。わたしのために争ってほしくはないが、声一つ発することができないのが口惜しい。そう思っていると、
「二人とも、やめなよ。イザベラちゃんも困っていると思うよ」
どうして、この人わかったの?と言いたくなる。……言えないけど。
「レオ。でもね、わたしはイザベラさんに早くよくなってもらいたいの。いろんなことをお話ししたいの。だから……」
「アリアの気持ちもわかるけど、今回はボンの方が正解だと思うよ。焦らずに行こうよ。……ね?」
そう諭すように優しく語り掛けているのは、レオナルドさん。アリアさんの婚約者だ。わたしはシスターとして、そういうことには縁はなかったけれども、物語みたいで素敵だなぁって見てると……ボンさんがなんだか悔しそうにしてる。もしかして、ボンさんはアリアさんのことが好きなの?
どうして?なんだかすごくイヤな気持ちになってきたわ。
「あの……俺、いるんスよ。いちゃつくなら、余所行ってやってくれません?」
撤回。ボンさんは、アリアさんが好きで悔しそうにしたんじゃなくて、目の前でいちゃつかれるのがイヤなだけだったのね。あれ?なんでわたしが、ホッとするの?
「しかし、物語だったら、こういう時って王子様のキスで目覚めるんスけどね?」
えええええっーーー!!!!!キスぅーー!?
ちょ……ちょっと、待ってよ。ボンさん。わたし、まだ心の準備が……。あっ、でも、わたし……初めてじゃないんだ。うっ……思い出したくない。
「……ボン。まさか、そのキス。レオにやれっていうんじゃないわよね?」
アリアさんが怒っているぅ!!顔は笑顔のままだけど、それがまた怖い!!
「ア……アリア……落ち着いて……。ボン、おまえは何を言ってるんだ。自分が王子さまだなんて、笑わせるんじゃない」
「え゛……俺っスか!?」
「おまえ以外に誰がいるというんだ。そうか……そんなに、イザベラちゃんのことが好きなのか」
ボンさんが、わたしのこと好き?どうしてだろう。心が温かくなる。でも、こんな穢れたわたしを本当に……。
「冗談やめてくださいよ。レオナルドさん」
ほら……やっぱりそうだ。ボンさんみたいに優しい人、わたしなんかじゃ釣り合わないよ。今、優しくしてくれているのだって、そういう風に命令されただけ。勘違いしちゃだめなんだ……。悔しい。あんなことがなかったら……わたしは……。
「レオナルドさんは、俺が眠っている女の子に手を出す男だと思ってるんですか!?まして、こんなかわいくて……俺なんかじゃ、絶対釣り合わない人に……うっ!」
えっ……ボンさんが泣いている?うそうそ!!「そんなことないよ」って言ってあげたい。でもどうしたら……。
「「えっ!?」」
アリアとレオナルドの言葉が重なった。目を丸くして、見たその先にあったのは、ボンにキスするイザベラの姿。
「イ……イザベラさん!?」
「……ボンさん。わたし、あなたが好き。だから、泣かないで」
突然のことで驚くボン。「目にゴミが入っただけで、泣いてないっスけど」と言おうとしたが、再びイザベラの唇に塞がれてしまい、言い出せずに終わる。
「これ、どういうこと?」
「愛の奇跡ってやつじゃないかな?」
まさか、ボンの冗談からこんなことになるとは……と唸るアリアとレオナルドであったが、動くこともためらわれ、しばらく見守り続けるのだった。
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