第28話 隊長は、ただ酒がバレて窮する
「なに?本村はすでに降伏しただと?馬鹿な……何を言っているんだ」
マリアーノは、副隊長からの報告をすぐには信じることはできなかった。なぜなら、駐屯地の連中が立て籠もる銀鉱山は、完全に封鎖していて、これまで戦闘は発生していない。来るかと思っていた援軍も現れず、したがって兵糧攻めを続ければ降伏するのではないかと考えていたからだ。
「やつらは、どうやって銀鉱山から抜け出したというのだ?」
「もしかして、銀鉱山には誰もいなかったのでは?」
「なに?」
副隊長の言葉に、マリアーノは、自らが思い込み過ぎていたのではないかという可能性に思い当たった。サンタナ隊が入り口で全滅していたため、その奥に籠っているものだと思っていたが、脱出する際に戦闘になった可能性については考えていなかった。
「まあ、いずれにしても、手遅れということなのだな」
「はい。今日の午後には、連合軍が到着するようですので」
はあ、とマリアーノはため息をついた。負けた以上は、ただで済むとは思っていない。しかし、自己満足かもしれないが、清く負けようと思った。
「ジェノ。全員に、食べた物を片付けさせ、倉から出している物で使っていない物は基に戻して、あとは楽しませてもらった感謝の念を込めて、隅々まで清掃するように伝えよ」
「はい?あの……我らはおそらく殺されるんですよ?殺す相手にそこまでする必要が?」
「それでもだ。我らはあのゲス村長らとは違うのだろ?空き巣泥棒はしたが、それでも矜持を示そうではないか」
「矜持……ですか。確かにそうですね。わかりました。皆に伝えることにします」
ジェノは、踵を返して広場へ向かおうとした。すると、マリアーノが「待て」と呼び止めた。
「いかがされました?」
「……あっ、ただ、おまえも含めて文官たちは、ここの物資をどれだけ使ったかわかるように、記録をまとめるように。それだけだ」
「かしこまりました」
今度こそ、ジェノは立ち去り、マリアーノは連合軍が来るまでの間、せめて部下が免罪になるようにとわび状をしたためるのであった。
「あなたが、マリアーノさんですか」
目の前に立つ女性は、確か勇者が来たときに一緒に来ていた人だとマリアーノは気づいた。だが、今は敗残の身の上である。潔く頭を下げた。
「……兵たちの助命嘆願書には目を通したわ。また、この駐屯地の引き渡しの際の手際の良さ、感心したわ」
「……恐れ入ります」
「だから、これからも村のために働いていただければ、と思っているんだけど。どうかな?……もちろん、みんなも一緒に」
「はいっ!?」
本村の幹部たちが処刑されたと聞き、敗軍の将として同等の刑罰を覚悟していたマリアーノは、驚きのあまり聞き返してしまった。もちろん、それは礼儀に反することも知っている。
しかし、アリアは気にすることなく、笑顔でもう一度言ってくれた。「力を貸してほしい」と。
マリアーノは、首を深く下げて、承諾の意を伝えた。そこに、ジェノがまとめた倉庫の帳簿が届けられた。
アリアは、それに目を通していく。ペラペラとページをめくる音が続き、それがピタッと止まった。
「いかがされました?」
すごく難しそうにそれを見つめる姿を見て、マリアーノは、不安に駆られた。
「……一つ聞きたいことが」
「なんなりと」
「わたしの大好きな……蜂蜜酒なんですが、どこにもないのよ。あなたたち、知らない?」
「あっ!」と思ったマリアーノ。
「あれ、おいしかったので、全部飲んじゃいました」って言ったらどうなるのか。ガチで目が座っているアリアを見て、返答に窮した。
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