第26話 遊び人は、自分の出生の秘密を尋ねる
無人となった村長屋敷の地下牢。先日までイザベラがいたその場所に、クレトは一人収監されていた。
刑の執行は明日と決まった。すべてが明るみになった以上は、じたばたしてもどうしようもない。ゆえに、落ち着いた心持で、これから来るであろう来訪者をただ静かに待った。
やがて、足音が聞こえてきた。クレトは、息を一つはいた。その音が聞こえたかどうかはわからないが、待ち人はやってきた。
「よう!親父、元気か?」
「明日死ぬ相手に、『元気か』はないだろうが。……まったく、最後まで調子が狂うわ」
レオナルドの場違いな発言を正したクレトであったが、そこまで皮肉は籠っていない。すると、レオナルドは檻越しに座り込み、手にしていた酒をコップに注ぐと、それを差し出してきた。
「いいのか?」
「ああ。親父が言わなければ誰もわからないし。それに、明日死ぬのに、誰に告げ口ができるって言うんだ?」
「はは、違いない」
クレトは、ありがたくそれを受け取り、一気に飲み干す。すると、レオナルドは「もう一杯」と空になったグラスに注いでくれた。
「……それで、聞きたいことがあるんだろ?」
クレトが切り出すと、レオナルドは「ああ」と答えた。
「俺、本当は親父の子じゃないんだろ?」
まったく、勘のいいのは親譲りかと思いながら、クレトはこれを肯定した。
「おまえは……姉の子だった。おまえを産んですぐに死んじまったから、引き取った」
「父親は?」
「しらん。何度か姉さんに尋ねたが、ついぞ答えてはくれなかった。だが……」
「だが?」
「ポトスの、それも大商人の身内が相手だと思っている。姉さんがお前を孕んでこっちに帰って来てから、交易船も来るようになったし、相場よりも安い価格で物を売ってくれるようになったからな」
その答えは予想外のようで、レオナルドにしては珍しく目を丸くして驚いていた。その様子がおかしくて、クレトは笑った。一方、笑われて不快に思ったのか、レオナルドはムッとしている。
(昔は……この子も可愛がっていたはずなんだがなぁ……)
実の子ではなくても、大好きだった姉の血を引く甥である。可愛くないはずはなかった。なのに、この子が大きくなるにつれて、いつの間にか溝ができていったような気がする。
(まあ、今更だがな)
クレトは、そのことに思い至り、ため息をついた。
「……ところで、おまえはあのアリアちゃんが好きなのか?」
ふと思いついて、クレトは訊いてみると、レオナルドにしては珍しく顔を赤くした。
「おや?珍しいなぁ。おまえが女に惚れるなんて」
「うるさい!!そんなんじゃぁ……」
「そんなんじゃなければ、何なんだ?おまえ、最初っからあの子にホレてただろう。だから、北の開拓団に送るっていうのは嘘で、おまえが囲うのかと思ってたんだがな。おかげで、このザマだぞ」
どうしてくれるんだと笑いながら話すクレトに、レオナルドは「知るか!」と一喝した。
「さてと……」
「もう行くのか?」
「ああ。……あと、一応言っておくが、親父の家族は俺が責任もって面倒見るから、心配はしなくいいよ」
「そうか。……世話をかけるが、頼む」
そう言って、クレトはグラスの酒を一気にあおった。
「それじゃ……今度こそ行くわ……」
少し名残惜しい気もするが、レオナルドは迷いを絶ち、残った酒瓶を檻の中に置いて立ち上がる。すると、クレトはおもむろに言葉をかけた。
「ああ、そうそう。ワシの執務室の机の引き出し、上から2番目のところに、姉さんが大事にしていた指輪を入れている。……アリアちゃんに、渡してやれる日が来ることを祈ってるよ」
レオナルドは、振り返ることなくその場を立ち去った。
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