第23話 隊長は、駐屯地で勝利の美酒に酔いしれる

「隊長!やはりどこにも誰も居ません!!」


 副隊長からの報告に、この隊を預かるマリアーノは特に驚かなかった。


 なにせ、斥候に向かわせた者から「見られたかもしれない」という報告は上がっていたのだ。当然、逃げることも予測して、サンタナらを避難場所であろう銀鉱山に向かわせている。問題はないはずだった。


「そんなことよりも、倉はどうなっておるか!大量の塩が保管していると聞いておるが、あったのか?」


「今、搬出中です。なにせ、塩だけじゃなく燻製肉、小麦などの食料、挙句の果てには毛皮も大量にあり……」


「なにっ!?」


 マリアーノは思ってもみなかった報告に驚き、その場に向かう。副隊長の報告は嘘ではなく、倉庫の前には大量の物資が所狭しと置かれ、さらに運び出す列は途切れる様子がなかった。


「これは……」


 呆然とするあまり、マリアーノは言葉を失った。塩は近くに塩田を作ったようだから、ある程度の大甕が出てくるのはわかる。しかし、小麦などの他の物資は一体どこから来たのか。マリアーノは違和感を覚えた。


「隊長。せっかくですから、今日、明日くらいまではここで英気を養うというのはどうでしょうか。……酒もたんとあるようですし」


「なに!?酒があるのか?」


「はい。たーんまりと」


 マリアーノは、唾をごくりと飲んだ。なにせ、ポトスとの交易路が盗賊の増加によって廃れ気味で、中々物資が届かないのだ。もちろん、酒も同様に。


「……ああ、そうだな。たまにはいいかな。そう!『たまには』だぞ!」


「ありがとうございます。……おい!野郎ども!!隊長の許可が出たぞ!」


 副隊長が兵士たちに叫ぶと、一同から歓声が上がった。本来であればこれは横領だ。非常にまずいことではあるが、監視役だった男は、何をやらかすかわからないサンタナの方についていき、ここにはいない。


(まあ、こいつらの誰かが自分で話さなければ大丈夫だろう)


 そう思って、ここでのことは黙っておくように、全員に念を押すことを忘れなかった。





「隊長……。隊長……起きてください」


「なんだ?」


 マリアーノは眠い目を擦りながら頭を上げる。ズキズキと頭に痛みが走った。久しぶりの酒だったせいか、飲み過ぎたようだった。


 しかし、副隊長は酔い覚めとしては、強烈で笑えない言葉を告げた。


「銀鉱山に向かったサンタナ隊が一人残らず殺されていた」と。


「……サンタナ隊は、確か20人はいたよな?しかも、アイツは……性格は糞だが、村一番の猛者だ。一人で戦っても、全員集めても30人程度の駐屯地の奴らに負けるはずはない。……それでも、本当に死んでたのか?」


「はい。遺体はすでに回収して広場に並べています。見ますか?」


「いや……」


 副隊長とはそれなりの付き合いである。さすがにここまで言われれば、マリアーノに疑う余地はない。


(……となれば、銀鉱山に籠っているのは、駐屯地の兵だけではない?)


 ここにきて、マリアーノは昨日倉庫の前に並べられている物資を見たときの違和感を思い出した。


(もしかして……)


「副隊長!駐屯地に保管している書類をすぐにここに持ってきてくれ!」


「はい!?」


 突然下された命令に、副隊長は戸惑う。が……


「いいからやれ!!」


「は……はい!!かしこまりました!!」


 これ以上の口答えは許さないというマリアーノの表情を見て、副隊長は踵を返して数人の部下と共に事務所のある建物に向かっていく。


(なにが……レベル1だ!!とてつもない『化け物』じゃないか!!)


 勇者に連れられてきた、あの女商人のことをマリアーノは思い出す。娼婦に堕とすと言えば泣きそうに震えていたと噂されている、一見ぱっとしない小娘のことを。


しかし、マリアーノは思う。予想が正しければ、周辺部族との関係は、単なる塩交易に留まらないつながりがあるはずだ。場合によっては、強固な軍事同盟も……。そして、それができるのは、この駐屯地では彼女しかいないと。


 昨日飲んだ酒はおいしかった。久しぶりに仲間とも心の底から笑った。


 場合によっては、人生で最後の楽しい思い出になるのかもしれない。マリアーノは背筋が凍るような思いをしながら、ただ書類が運ばれてくる瞬間を待つのだった。

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