第18話 村長は、青ざめる
「なに!?女たちがいなくなっただと?」
翌朝、港を任せていた部下からの報告を受けて、クレトは素っ頓狂な声を上げた。報告によれば、見張りについていた兵士も、船に乗っていたブラスの部下たちも、突然、眠気に襲われて、気が付いたときには閉じ込めていた建物には誰も残っていなかったという。
「ど……どういうことだ?……どうすればいいんだ?」
「……簡単なことだ。あなたは我々に誠意を示す。それだけでしょう」
目の下にクマを作り、なぜか不機嫌そうにするブラス。
「ブラス殿!?それはどういう……」
クレトは、ブラスの来訪に驚くとともにその言葉の真意を尋ねた。すると、ブラスは昨日サインした契約書を取り出して、それを引き裂いた。
「なに、簡単なことです。そちらは売る物がなくなったわけですから、その分の購入価格は上乗せするということですよ。それとも、買わないんですか?その場合は、二度とこの地に我が商会の船はやってきませんが」
ブラスはそう言いながら、部下から改めて用意した契約書にサインしたうえでクレトに渡した。
契約書に書かれていた塩の購入金額は、従来の3倍の価格だった。
「いや……さすがに、この価格では……」
「大丈夫でしょう。この辺りの部族も、塩は必要でしょう?陸路が盗賊によって塞がれている以上、連中は高くても買わざるを得ないのですから。5倍でも、10倍でもね」
その言葉を聞き、ブラスの言いたいことを理解する。つまりは、ポトスは見返りとして諸部族への塩の供給を止めると言っているのだ。それならば、十分利益がでるとくれとも判断してサインした。
ただし、支払いは5か月後払い。部族から巻き上げた金から支払うことで合意した。
「なに!?塩が売れないだと!!」
納入された塩が入った大甕を積んで各地の村々に送り出した村人たちが、送り出したそのままの荷車を連れて戻ってきたという事実を知り、クレトは衝撃のあまり持っていた書類を床に落とした。
あわてて帰ってきたばかりの村人がいる広場へと駆けつけると、そこには確かに塩がぎっしり詰まったままの大甕が荷車の上に置かれたままになっていた。
「これは、どういうことなのか!?」
クレトは、行商に行った村人の胸ぐらをつかみ問い詰めた。すると、その村人は村長の剣幕に震えながらも、ありのまま言われたことを伝えた。
「もう塩のあてはあるから、こなくてよろし」
……そう言われたことを。
「ばかな……」
クレトは放心して掴んでいた村人の胸ぐらから手を放した。一体、連中はどこから塩を手に入れたのだろうかと、頭を抱える。
だが、頭を抱えているだけじゃダメなのだ。このままでは、5か月後とんでもない話になるのだ。
「何か……変わったことはなかったか!?何でもいい。みんな思い出してくれ!!」
派遣した村人たちに向かってクレトは問い詰めるように叫んだ。すると、一人の若い男が遠慮がちに手を上げた。
「なんだ!遠慮はいらんから、言ってみろ!!」
その剣幕に、男はたじろぐが、「早く」と急かされて、思い切って口を開いた。
「実は、アバスカル族の村で、北の開拓団の……オットーを見かけたんです」
「オットーだと?」
クレトは記憶を辿るが、思い出せない。しかし、北の開拓団というのが妙に引っかかりを覚えた。
「マシュー。悪いが、奴らの様子を見に行ってくれないか?」
その男は、この村で一番足が速く、しかも存在感の薄い男。
「かしこまりました」
多くの者がどこから聞こえてきたのかと戸惑う中、彼は素早く目的地へと旅立っていった。
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