第14話 族長は、弟を処断する
その日は、次弟ウィンの成人式だった。
目の前に座るウィンの頭に、ヤンが成人の証である孔雀の羽で作られた冠をかぶせ、部族の主だった者たちに披露しようとしたそのとき、前族長たるヤンの父・ラルドがおもむろに立ち上がった。
「父上?」
訝しく思い、ヤンが声をかけたが、同時にテントの外から武装した兵士が乱入してきた。
「父上……これは、一体」
ヤンは落ち着いた声で真意を正そうとすると、ラルドは1枚の書面を広げて突きつけた。
「驚いたぞ。族長であるはずのおまえが、サーリ族の女を渡来人に売り渡していたとな!!」
その宣言に、この場にいた参列者たちがざわめく。しかし、ヤンは動じるどころか笑い出した。
「なにがおかしい!!」
ラルドは、ヤンの態度に内心動揺して語気を荒げた。
「なんですか?この狂言は。そのような契約書、わたしは知りませんし、だいたい女たちの誘拐に加担したのは父上でしょ。そうだろ?キッカ」
「なに?」
ラルドは思わず振り向いた。ヤンに向けられていたはずの兵士の槍がすべてこちらを向いていた。そして、その中心で自分の腹心であったはずのキッカが不敵な笑みを浮かべていた。
「キッカ……おまえ……」
信じられないような目をして、ラルドはキッカを見た。しかし、キッカは気にすることなく、答えた。
「族長の仰る通りにございます」と。
ラルドは裏切られたことを知った。そして、逃げ道はないことを。最早これまでと膝を屈した。
すると、ヤンは玉座から降りて、項垂れて座り込んでしまった父の傍へとやってきた。
「父上……どうして、人さらいを黙認したり、警備情報を漏洩させたりしたのですか。渡来人はお嫌いだったはずでしょ?それなのに……」
それは、レオナルドから初めて聞いて以来、ずっと抱えていた疑問だった。すると、ラルドは力なく答え始めた。
「ワシは……ワシから強引に族長の座を奪ったおまえが憎いし、……なにより恐ろしい」
「恐ろしい?」
「……今は、隠居として自由にさせてもらっているが、いつ不穏分子として殺されるか、わかったものじゃない。だから、背に腹は代えられず渡来人どもの企てに加担したのだ。その方が、まだましだと考えてな。……ただ、それだけだ」
その言葉に嘘は見当たらなかった。ゆえに、父の心情に触れた気がして、もっとやりようがあったのではないかと思って、ヤンはため息をついた。だが……。
「ウィン……おまえも、同じ気持ちか?」
ゆっくりとテントの入り口に向かいつつあった弟の姿を捉えて、ヤンは詰問した。
「兄上……僕は決して……」
「なら、なぜ今逃げようとした?」
「!!」
ヤンは剣を抜き、一歩、また一歩と怯えて後ずさりするウィンに近づいていく。
「兄上……」
「おまえが、父上を唆したことは、すでに調べがついている。そんなに、この『族長』という椅子が欲しかったのか?」
「ご……誤解です。すべては、部下が勝手に……僕は一切知りません……」
「おまえはすでに成人したのだ。そんな言い訳は通用しない。よって、謀反の罪、受けてもらうぞ!!」
ヤンはそう宣告して、剣をウィンの胸に突き刺した。
「あ……あに…うえ……」
ウィンの口からあふれる血と共に言葉が漏れるも、それは一瞬。やがて、目は輝きを失い、絶命して崩れ落ちた。
「ウィン!!!!」
父が叫ぶが、ヤンは何も思わなかった。ただ「連れていけ」とだけ命じて、この場から下がらせた。部族の掟に従えば、父も死罪は免れない。
(恐ろしい……か)
その言葉がヤンの心を揺さぶった。そんなつもりはなかったのだ。おとなしくしていれば、決して殺したりするつもりは毛頭なかった。
しかし、現実はこうして父と弟を手にかける羽目になった。族長として平然を装うが、今日だけは上手くできているかは自信が持てない。
「族長……」
「大丈夫だ。心配するな」
心配そうにするジェロニモにそう答えながらも、代わってくれるのなら、代わってもらいたいと思いながら、ヤンはテントを出るのだった。
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