第13話 女商人は、無職の辛さを労わる

 ネポムク族の村を訪れてから1か月が経った。駐屯地の塩交易は順調で、取引のネットワークは6部族17か村にまで広がっている。


 今も、塩田近くに作られた広場で、団員たちが荷車に塩が入った大甕を積み込んでいて、塩田の方に目を向ければ、こちらでも多くの人が作業に従事しているのが見えた。


 一方、本業であるはずの銀鉱山には今日もだれも向かっていない。そのことを思い、アリアは思い切ってレオナルドに相談した。……のだが。


「ああ、問題ないでしょ」


 レオナルドは、アリアの悩みを一刀両断した。


「ど……どうして?だって、銀の採掘しないと、村長さんたちが不審に思うんじゃないの?確かに、生産量は上げたいけど、それでバレたら元も子もないんじゃ……」


「……元々、銀の採掘量はゼロ。だから、銀が届かなくても連中は気づきゃしない。どう?安心した?」


 そう言われてみれば、アリアが駐屯地に来てから不思議なことに銀鉱石という物を見たことはない。もっとも、後で帳簿を確認するが。


「じゃあ、今までみんな何してたのよ?わたし、毎朝見送りして、坑道に送り出していたわよ?お弁当も作ってあげて」


 アリアが疑問に思うことはもっともなことだとレオナルドは理解している。……が、事情があって今は言うわけにはいかない。


「実は……みんな、仕事がないことを君に言えず、坑道に通うふりをして毎日近くの公園でお弁当食べてたのさ」


「はあああ!?」


「しっ!声が大きい。聞こえたらどうする?」


「あっ、ごめんなさい」


 アリアは慌てて声のトーンを落とす。すると、レオナルドは優しくアリアの髪を撫でながら語り掛ける。


「……彼らも『無職』だってこと言えなくて辛かったと思うよ。だから、こうして再就職がかなってよかったねって思うことにしない?」


 なんか話を逸らされたような気がしたが、まあ、『無職辛いよね』ということに関しては理解した。大学時代の友人から「パパが無職になったの」って相談されたときと同じような話だったからだ。


「ところで……いつまでわたしの髪を触って・い・る・の?」


 レオナルドの手をひねしりながら、アリアは言った。


「いたた……いや、きれいな髪だなって思って……ってマジ痛い!!」


 レオナルドが声を上げて、ひねしられた右手を引っ込める。


「ホントにもう!!油断も隙もないわね!!」


 そう言い放って、アリアは積み込みを手伝うために坂道を下りて広場に向かう。そして、それを見送るレオナルドは独り心の中で呟く。


(そろそろ、危ないと見るべきか……)


 交易が始まってこの駐屯地は確実に力をつけている。


 アリアは、食卓のメニューが豊かになった程度にしか思っていないかもしれないが、ドワーフ系部族との交易では鉄製の武具を、エルフ系部族との交易では魔法兵器と成り得る魔石を密かに入手することに成功している。


 そして何より、この駐屯地で生産される『塩』はポトス産より安価でかつ良質なのだ。放置すれば、交易先の部族の依存度はこれからも高まり、もし、本村の連中がこの駐屯地に攻めようとしても団結して立ちはだかる可能性がある。


 ゆえに、本村の立場で考えれば、一日も早く対処する必要がある。潰すのか、懐柔するかは別にして。


(まあ、今のところは本村でこの駐屯地の話題は出ていない。このまま気づかなければ……)


 本村に知られる前に手を出せないくらいに大きくなれば、懸念は杞憂に終わる。そうなることを願いながら、レオナルドはアリアの後を追って広場に向かった。

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