第12話 族長は、驚くべき事実を知り決断する

 歓待の宴が終わり、村中が寝静まったのを見計らって、レオナルドは一人宿所としてあてがわれたテントを抜け出し、村の外れにある泉の畔にやってきた。


 水面に月が映し出されていて、とてもきれいだった。すると、後ろから二つの足音が聞こえてきた。


「あいにくだが、いくら待っても妹は来ないぞ」


「おまえは……」


 月の光に照らされたその顔を見て、レオナルドは仇を見るかのように睨みつける。


「部族の掟に基づいて、ここでおまえを『密通の罪』で殺してもいいんだが、それじゃあ、アリアさんを悲しませてしまう。……ゆえに、今すぐテントに戻れば、不問にしてやろう。さあ、サッサと戻るがよい!」


 尊大にそう語るヤンを見て、レオナルドは嘲るように笑みを浮かべた。


「ふっ……気楽な男だな?ほれっ!これを見てみろ」


 半ば呆れた顔でレオナルドは懐から1枚の紙を取り出し、ヤンに渡す。その態度に、ジェロニモが気色ばむが、ヤンはそれを制して紙を受け取り、中身に目を通す。


「これは……!」


「どうした?文字が読めないなら読んでやろうか?」


「バカにするな。……それよりも、ここに書いているのは事実か?」


「ああ。残念ながら事実だ」


 ヤンは思わず空を見上げた。


 先月、支配下部族であるサーリ族の村で、若い女性が連続して誘拐されるという事件があったのは、ヤンも知っている。そして、そのうちの一人が妹ミーシャの友人であったことも。


 無論、サーリ族の要請を受けて、ネポムク族でも捜査にあたっているが、まったくと言っていいほど手掛かりは何もつかめていない。


「実はな、ミーシャちゃんから頼まれたんだ。まあ、初めは友達がいなくなったから探してほしいってことだったけどな。……調べてみたら、『出るわ出るわの大フィーバー』ってわけだ」


ヤンが手に持つその紙には、『サーリ族で先月連続して発生した女性の誘拐事件は、ネポムク族の前族長の手引きで、オランジバークの手の者が実行した』と記されていた。


「しかし……父がオレンジバークの者に協力してとは、にわかには……。だって、父は日ごろから渡来人嫌いを公言していて……。そうだ!何か、証拠はあるのか!?」


 ヤンは、何が何だかわからなくなって狼狽した。すると、レオナルドはもう用はないと言わんばかりに立ち去ろうとする。ヤンは慌ててそれを止めようと声をかけた。だが……。


「それを信じるも、信じないも好きにすればいいさ。ミーシャちゃんに伝えるかどうかも含めてな。……あっ、でもこれだけは伝えてくれないか?『ニーナちゃんは必ず助けてやる』……そのことだけはな」


 ニーナとは、攫われたミーシャの友人の名前だ。そのことに思い当たっているうちに、レオナルドは去ってしまっていた。あとにはヤンとジェロニモだけが残された。


「族長……今の話は……」


 ジェロニモがそっと駆け寄り、声をかけるが、ヤンの心は麻のように乱れて反応はない。


(父上……なぜ……)


 ヤンは父を思った。


 以前からそりが合わず、半ば強引な手段を用いて族長の座を奪ったに等しい相手ではあるが、だからといって情が全くないわけではない。……にもかかわらず、このことが事実であれば、部族の掟に従ってこの手で父を殺さなければならないのだ。


 当然、迷いが生じる。このまま聞かなかったことにするという選択も、頭をよぎる。そのとき、雲が通り過ぎ、月光によって水面に映る自分の顔が見えた。酷く情けない顔がそこにはあった。その表情が哀れにも可笑しくて、ヤンは憑き物が落ちたような気がした。


(……そうだ。俺は族長だ。『族長は掟に忠実たらねばならない』……)


その言葉は、幼き頃から父から族長の心構えとして聞かされていた言葉だ。ヤンは決断を下した。


「ジェロニモ」


「はい」


「信用できる者を使って、ここ数か月の父上の行動を調べること。それと、監視を……」


 潔白であればそれでいい。もし、それが父の不興を買ったとしたら、謝ればいいだけだ。だが……。


 レオナルドの言うとおりであれば、決断を下す。ヤンはもう迷わなかった。

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