第11話 女商人は、交渉成立で握手を交わす
「すると、アリアさんはこの『塩』で、我らの村で取れる小麦を得たいと」
「はい。物々交換となりますが、ポトスから取り寄せるよりかはお得な取引になるかと思います」
ヤンは考える。もちろん、我が部族にとって利のある話だ。しかし、なぜ、彼女は我らに利になる話を持ってきたのか。裏に何かないか。
「……お疑い、ですよね?」
ハッと見上げると、アリアが少し寂しそうな表情をしていた。
「あっ、いや……はは、ごまかしても仕方ありませんよね。正直申して、この取引は我々にとって有利過ぎる」
「有利過ぎる?」
「例えば、ポトスと同じ価格にしたとしても、距離が近い分安定的に購入することができるのは大きな強みだ。そう考えれば、あなたは別に我々に安く渡す必要はない。なのに……」
ヤンの疑問はもっともだった。逆の立場であれば、アリアもそう思う。だからこそ、真摯に説明をしなければならない。ここからが本番なのだから。
アリアは、威儀を正して語り掛ける。はっきりと思いが伝わるように。
「わたしは、あなたたちの信頼を買いたいのです」
「信頼?」
「ええ、信頼です。ただの物のやり取りのような、どちらかの都合が悪くなればなくなってしまうような一時的な関係ではなく、ずっと未来まで続く共存共栄の関係を構築したいのです。そのために、あなたたちの信頼を得たいと思っています」
まっすぐな目。アリアの想いを表しているのだろう。ヤンは好ましく思った。もちろん、想いだけではどうしようもないこともこの世の中にはある。今、彼女はそう言っているが、本当に共存共栄の関係が続くかどうかなど、誰にもわからない。
しかし、だとしてもこの申し出を拒む理由にはならない。ヤンは右手を差し出し、握手を求めた。
「ありがとうございます」
アリアがこれを取って握り返す。交渉は成立した。……のだが。
「あの……もうそろそろ、手を離していただいても?」
手を握ったまま離してくれないヤンに、アリアは戸惑いの声を上げるが、ヤンはニコニコしてこれに応じようとしない。
「あの……」
「アリアが嫌がってるだろ?離しやがれ!このスケベが!!」
業を煮やしたレオナルドが強引にヤンの手を引き離す。
「何をするか!!」
「それは、こっちのセリフだ!!」
取っ組み合いの喧嘩が始まり、アリアはオロオロする。すると、側に控えていたジェロニモが「どうぞこちらへ」と退室を促した。
「そのうち収まるでしょう。武器を使わない喧嘩は、我が部族では騒ぎ立てることではありませんので、放っておきましょう」
……そう言って。
「だいたい、おまえはアリアさんの何なんだ?付き人だろ?大人しく壁の花になっていろよ」
「そんなわけないだろ!俺はアリアの『パンツの色』も知っているぞ!こないだはアダルティな黒だったけど、今日は清楚な白。ハハハ、残念だったな!あきらめろ!!」
「なっ!?」
思わずアリアは声を上げる。同時に、ヤンとジェロニモがこちらを向く。
「「それで正解は?」」
アリアは隣でしたり顔で訊いてきたジェロニモの顔面に肘打ちをかまし、その勢いのままヤンの腹に強烈なボディブローを決めてこれを沈め、最後に得意げに笑うレオナルドの首筋に回し蹴りをお見舞いする。
「やっぱり……白」
懲りないレオナルドは駆けつける兵士に正解を呟き、意識を手放した。
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