第10話 女商人は、捕まり袖の下を渡す
「それで、この橋を渡ると、『ネポムク族』の支配地域に入るのね?」
「うん。そのとおりだ」
ネポムク族。駐屯地から北西に歩いて2日の地域を根城にする現地部族だ。そして、ボンから聞いた『レオナルドの夜這い』の相手がいる部族でもある。
「……そのまま、渡ってもいいの?」
渡った途端にそのあたりの茂みから槍を持った兵士が出てきたり、問答無用で弓矢が降り注いでくるといった展開はご免こうむりたいとアリアは思い、慎重に周囲をうかがう。
「いいんじゃない?それともこのままずっとここに居る気?」
呑気そうに言い放つレオナルド。アリアは少しイラっと来る。
(人の気も知らないで!ホントにもう!!)
しかし、アリアの心配をよそに、レオナルドはヒョイヒョイと橋を渡る。特に何も起こらなかった。
(大丈夫のようね……)
どうやら、思い過ごしのようだったことを認めて、アリアも橋を渡った。
ブス、ブス、ブス……
足元に複数の矢が突き刺さった。……と同時に、左右から槍のようなものを持った男たちが複数人集まってくる。
「どこが大丈夫なのよ!!」
アリアは叫んだが、どうにもならない。想定していたフルコースの出迎えを受けて、アリアはレオナルドと共に捕縛された。
「なに?レオナルドと……一緒に女を捕まえたと?」
「はい。あと、塩が入った大甕を5つほどと、運搬にあたっていた従者も……」
「ほう……」
ネポムク族の若き族長・ヤンは、この報告に興味を示した。
(塩か……)
「いかがいたしましょう。先日の一件がありますので、追い返しますか?」
補佐官たるジェロニモは指示を仰いだ。
「いや、会おう」
「えっ!?しかし、このことがお父君の耳に入れば、面倒なことに……」
「ジェロニモ。族長はこのわたしだ。よいな、差配せよ」
開拓村の連中、すなわち渡来人は、侵略者である。奴らが今いる土地も、元々はネポムク族の支配圏だったのだ。いい印象を抱くものなど皆無であった。それは、ジェロニモも同じである。
しかし、ヤンがそういうのだ。ならば、腹心たるジェロニモはただ従うのみだ。
「かしこまりました」
ただその一言だけ言って、捕らえた二人をこのテントに連れてくるように部下に指示した。
「ちょっと!痛い。そんなに強く引っ張らないでよ!!」
その女性は、抗議の声と共にテントの中に入ってきた。
「おい!乱暴な真似はやめよ。縄も解いてやれ」
ヤンが命じると、兵士たちは一瞬信じられないような表情をしたものの、すぐさま指示に従った。
「どうぞ、そちらへ。お話があるのでしょう?」
縄を解かれた二人に、ヤンは席を勧めた。
男は無言だったが、女の方は礼儀正しく、「お言葉に甘えて」と一言を添えて着席した。ヤンはその女性の立ち居振る舞いに、目を奪われた。
「おい……!」
レオナルドの不機嫌そうな声で、ヤンは我に返った。この男は、十数年前に開拓されたオランジバークの村長の息子だということはすでに知っている。しかし、女性の方は知らない。
すると、そのことに気づいたのか、女性が自らを紹介した。
「お初にお目にかかります。わたしは、ルクレティア出身の商人・アリアと申します。本日は、このような面会の席をご用意いただき、ありがとうございました」
やはり、礼儀正しい。ヤンは、彼女のことをもっと知りたくなった。
「それで、お話とは……」
「はい。今日は、わが開拓団駐屯地との交流についてご相談に参りました」
「交流?」
「はい。こちらをご賞味ください」
アリアは懐から袋を取り出し、中から塩を一握り摘まんでヤンに差し出した。ヤンもそれを受け取り、少し舐めてみる。
(しょっぱい。確かに塩だ……)
「さしあたって、友好のしるしとして大甕で5つ差し上げたいと思います」
「大甕で5つも!?」
それだけあれば、3か月はポトスから買わなくても済む。だが、ただより高いものはないことをヤンはもちろん知っている。
「それで、アリアさんは何をお望みかな?」
この娘が何を言い出すのか、ヤンは興味を持ってその答えを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます