第6話 女商人は、部下に丸投げする

「アリアさぁーん!どこに行くんスかぁー!?」


「ごめんねぇー!ちょっと急用ができたからぁ!!」


 浜辺で悲痛な叫び声をあげているボンを置き去りにして、アリアは走った。そして、宿舎の自分に部屋に戻ると、魔法カバンを開け、中から『百科事典』と取り出した。


「塩田のつくりかたは……と……あ、これね?」


 百科事典には、塩田の種類がいくつか掲載されている。もちろん、作り方も。しかし、難しく、アリアは半分も理解できずに頭を抱えた。


(やっぱり……そんなに簡単にはいかないわよね)


 自分は技術者ではないのだ。


「アリア姐さん、なにしてるんですか?」


 部屋の入り口から、シーロがこっちを見ている。この開拓団では最年少で、主に書類の管理をしている数少ない文官だ。しかも、アリアより背も低い唯一の男の子だ。


「いやね、塩を作れないかって思って……」


「塩?」


「ほら、近くに遠浅の砂浜があるじゃない。『塩田』にできないかなって思って。……でも、この本には『塩田』の作り方が書いてあるんだけど、難しくて全然わからないわ。どうやらわたしには無理みたい」


 アリアはそう言って肩を落とす。すると、シーロがトコトコとやってきて、アリアが見ていた百科事典をのぞき込む。


(ち…ちかいんだけど……)


 シーロは眼鏡をくいッと上げて真剣に中身を理解しようとしている。アリアは少しドキッとした。


「なるほど……これならできるかもしれませんね」


「えっ!?わかったの?」


「はい。大体は。この本借りますね。あとは……みんなに声かけてきますよ」


 そう言って、シーロは百科事典を持ったまま部屋を出て行った。


 ついていくか迷ったが、海風にあたったせいか眠たくなったアリアは、追いかけることはしなかった。自信たっぷりに言っていたから、シーロなら何とかできるかもしれない。何か忘れているような気もしたが、アリアは難しいことは専門家に任せることにして、お昼寝をすることにした。





「ああ、そういえば……塩だ、塩!忘れてたぁ!!」


 夕飯の準備をするギリギリまで眠りこけてしまったアリアは、空になっている塩壺を見てすべてを思い出した。


 今更ながら、すぐに実現できるはずもない塩田よりも、海水を汲んできて火力で煮て塩を作ればよかったと気づく。今日の料理に必要な塩など、その程度で十分だからだ。


 しかし、すでに陽は大きく傾き、沈もうとしている。これから海辺に行って海水を汲んできても間に合わず、みんなを待たせてしまうのだ。


(どうしよう……塩がなくても作れるものは……)


 魔法カバンから『料理レシピの本』を取り出して、探してみる。しかし、ここにある材料を使ってできる料理は見つからない。


(やばい……どうしよう)


 完全に手詰まりとなり、アリアは唸った。


「姐さん!!」


 誰かに呼ばれた気がして振り返ると、シーロが手を振っているのが見えた。


「どうしたの?」


 アリアが声をかけると、シーロが近づき白い粒状のものを手渡してきた。そういえば、百科事典を渡していたことを思い出して、少し舐めてみると、しょっぱい味がした。


「これは……塩?」


 アリアが驚いてシーロを見ると、彼は笑顔で頷いた。そして、「来て来て」とアリアの手を引き外へと連れ出す。


「これは……」


「みんなで『塩田』作ったんだ!あと、風と火と土の魔法を使える人に協力してもらって、製造期間も短縮してね」


(この子……まさか天才!?)


 確か百科事典には、塩田で塩を作る作業は取り掛かりから完成まで時間がかかると書かれていた。もちろん、手法によって短いものもあれば長いものもある。しかし……


(わずか3時間余りで成し遂げるなんて……)


 呆れるアリアの視線の先に、塩が入った大甕が10個、夢でも幻でもなく確かに並べられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る