第5話 女商人は、デート詐欺をたくらむ

 アリアが開拓団の駐屯地に来てから2か月が経った。


 元々、苦学生で様々なアルバイトの経験もあったことが幸いし、ここでの賄いの仕事は難なくこなせている。それどころか……


「ちょっと!カルロス。ダメじゃない?パンツとズボンを一緒に洗濯籠に入れちゃ。次から気をつけなさい!」


「はっ!承知しました。すいませんでした」


「おい、そこ!オットー?風呂上がりに素っ裸で走らない。またその小さいモノ、笑われたいのかしら?」


「ひぃ!すいません……すいません……」


「こらー!!廊下でかけっこするな!!シンとカズだね?お前ら罰として今から広場の草、全部むしってきな!終わるまで飯はお預けだ!!」


「「……そ、そんな!!」」


 ……馴染むどころか、男どもの全てを完全に掌握していた。


「ところで、レオナルドは?」


 たまたま側を通り掛かったマルスを捕まえて訊いてみる。彼には塩がないから持ってくるようにお願いしたのだ。……にもかかわらず、すでに3日も姿を現していない。


「し……知らないっス!」


 マルスはそれだけ言うと足早に立ち去った。


「もう……ホント、困った奴……」


 そう言って、台所へとアリアは向かう。これから、夕食の準備をしなければならないが、壺の中を覗いてみると、塩は全く残されていない。もちろん、そんなことは今日の昼食の準備が終えた時点で知っていることだが。


(塩がないと……やっぱり、おいしくはないわよね)


 美味しくない物を出しても、恐らくはみんな黙って食べてくれるとは思うが、それでは自分の気が済まない。生産力ゼロの自分が娼婦にならないで済むのも、彼らの頑張りがあってこそなのだ。それに、せっかく作るのだから、おいしく食べて笑顔になってもらいたい、と思ってもいる。


「アリアさん……ちょっといいっスか?」


 いつもなら、駐屯地の入り口で門番をやっているボンが珍しく声をかけてきた。


「どうしたの?」


「いや……レオナルドさん、たぶんしばらく来ないと思うっスよ」


「それ、どういうこと!?」


 アリアは食いつき気味で聞き返した。すると、ボンは言いにくそうに、噂ではあるがと前置きしたうえでアリアの耳元でささやくように話した。


「うそっ!?現地民の娘さん所に夜這いかけて捕まった!?」


「しっ!もし違ってたら俺殺されるから、声は小さく」


「あっ……ごめん」


 日頃からの軽率さを考えれば、あり得ない話ではない。となれば、塩の補給路はしばらくの間絶たれることになるだろう。アリアは頭を悩ませた。


「あの……だから、悩んでも仕方ないので……あとで僕と海で一緒に遊びませんか?」


 ボンは顔を真っ赤にしながら、アリアを誘った。レオナルドにばれたら、どんなことになるか知らないわけでもないのに、勇気を出して。


(海……海ねぇ……あっ!)


もちろん、これは、デートのお誘いだとアリアも理解した。しかし、そんなことよりも優先すべき問題解決の糸口が見つかったのだ。


「ねえ、ボン。仕事が終わってからじゃなくて、今から行かない?そのボンがおすすめのビーチに」


「うそ!?ホントに?」


「ええ、おねがい」


 アリアの気持ちに気づかずに、ボンは天にも昇る気持ちで手にしていた槍を放り投げて、「さあさあ、こちらです」と浜辺にアリアを案内した。


 そして、20分ほど歩いた場所に、広大な白い砂浜のビーチがアリアの目の前に現れた。


「この辺って、遠浅なんで少し歩いてみませんか?」


 ボンが差し出す手を取り、アリアも靴を脱ぎ素足で波打ち際へと足を運ぶ。まだ5月ということもあり、海水は冷たかったが、地平線のかなたまで広がる青空と吹き付ける浜風は心地よかった。


 喜んでいるアリアを見て、ボンはこの後の展開を想像しているが、それは妄想で終わることになる。なぜなら、アリアの頭の中は塩づくりのことでいっぱいだったからだ。

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