第4話 勇者は、女商人の葬式に参列する

「うう……アリア……なんて、無謀なことをしたのよ……」


「おかあさん……すみません。僕は勇者失格です。彼女の決意に……気づかず、申し訳ありませんでした」


 雨が降り続くルクレティアの第3市街区にある教会で、勇者アベルは悲痛な表情でアリアの母エレノアを支えていた。目の前には、黒塗りに十字の聖印が刻まれた棺が花束を乗せられた状態で置かれている。


 棺は、勇者アベルの仲間であった『アリア・ハンベルク』のものだった。


 参列者を前に、勇者は語った。アリアがいかに勇敢に戦い、散っていったかを。


 その話を聞いた多くの参列者が在りし日のアリアを思い出して涙を流す。大学時代の友人や恩師たち、それに幼いころから交流のあった近所のおじさん、おばさん、幼馴染たち。多くの人たちが参列し、最後の別れを交わした。


 もちろん、この棺にはアリアは入っていない。そんなことはみんな知っている。さっきも勇者が言っていたように、彼女は海で遭遇した巨大イカから仲間と船を守るために戦い、自爆することでようやくこれを倒したのだ。遺体など残っているはずもないのだ。


 しかし、それでも彼らはこうして集まった。みんな、彼女が好きだったからだ。外は悲しみの雨が降り続いた。





「ああ、しんどぉー!」


 ルクレティアのホテルの一室。『アリアの葬儀』を終えた勇者アベルがためていた鬱憤を吐き出すと、喪服を乱雑にベッドの上に脱ぎ捨てた。


「おつかれさま。……で、どうだったの?あの女の『葬式』は」


 脱ぎ捨てたアベルの喪服を拾い、ハンガーにかけながら仲間兼恋人のカミラがねぎらいの言葉を投げかける。すると、アベルは机の上に遭った水を一気に飲み干すと、苦笑いを浮かべた。


「いやぁ、途中笑いそうになったわ。何とかこらえたけど。……しかし、あんな女のどこがよかったのやら。結構、参列者多かったのよ。頭は固い、色気はない、しかも凶暴。どこにそんな魅力があったのか、俺には理解できないわ!」


「でも、抱いたんでしょ?……誰もそこまで求めていないのに」


「まあ……それは、だな。あんな色気がない女でも、2週間も一緒にいれば可愛くも見えるときも……って痛いってば!怒るなよ。あやまっただろ!?」


 浮気されていたことを思い出して急に機嫌が悪くなったカミラの攻撃を受けて、アベルはもう一度謝り倒す。今回の一件は、彼女が教会でお勤めをしていた1か月の間に、彼女が知らぬところで行われていたのだ。浮気の件も事後報告である。


「でも、大丈夫なの?その娘、本当は死んでないんでしょ?どうせ、あんたのことだからせこいことでも考えたんでしょうけど」


「うっ……まあ、ついでにギルドに張り出されていたあの村の依頼をこなして、お駄賃を貰えればと思ったのも確かさ。……でも、異大陸の、人が住んでいることすら信じられないような辺境の果てに置いてきたんだぜ?女一人、生きていても帰ってこれると思うか?」


「それは……まあ、ねぇ」


(それに……)


 あの村からギルドに出された要望は、【レベル10以上の商人】を連れてくることだ。騙されたと知った連中が、彼女をそのままにしておくわけがない。


 いずれにしても、もう二度と会うことはない。


「まっ、この仕事はこれでおしまい。さっさとハルシオンに帰ろうぜ」


「ルクレティア観光はしないの?」


 カミラは不満そうに声を上げる。観光パンフレットまで用意して楽しみにしていたのにと。


「バカ!アリアの母ちゃんとか関係者に見られたらまずいだろ?あいつらの前では一応、彼女の『婚約者』ということになってるんだから」


「はあっ!?ちょっと、それ聞いてないんだけど!?」


「仕方ないだろ!?あいつの母ちゃん勝手に盛り上がっちゃって、そういうことにされたんだから!」


 カミラはイラつき、ベッドにあった枕を思いっきり投げつけた。


 アベルが手をあわせて、「この埋め合わせは必ず……」と言っている中、カミラは不意に窓の外を見て呟く。


「それにしても、その娘に……ホント何の価値があるのかねぇ……」


 そもそも、依頼自体が変なのだ。たかが大学を出たばかりの駆け出し商人を消すために、ハルシオン王室が褒賞をぶら下げて直々に出張ってくる必要がどこにある。


 外はまだ雨が降っている。何事もありませんように、とカミラは願った。

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