第3話 女商人は、謝礼代りにビンタをかます

 村を出て北東に歩いて1日の場所に、その開拓団の駐屯地はあった。


 山と海に挟まれた狭い土地に、およそ10件の家が並んでいるのが見える。レオナルドが言うには、連中は山から銀鉱石を掘るために集められたらしい。しかし、村長が期待するほどの産出量はなく、実際には村で問題を起こした者の流刑地として存在している。


「あれ、レオナルドさん。その女の子、誰っスか?」


 坂道を下り、村に入ったところで一人の男に呼び止められる。


「説明するから、ボン、みんなを集めてくれ」


「ウィーっす」


 ボンと呼ばれた男は、その無礼な返事とは想像もつかないほど迅速に動き、アリアが駐屯地の広場に着くころには全員集合を実現させていた。


「ひょっとして、あの娘、頼んでいた娼婦かな?」


「ひゃー!久しぶりに女抱けるぅ!」


「もうちょっと、ボンキュッボンの方がよかったんだが……」


 様々な呟きが広場のあちらこちらから聞こえてくる。


(悪かったわね!貧相な体つきで!!)


 聞こえてきた失礼な物言いに、アリアはイラっとした。


 アリアの容姿は、決して不細工ではないが、だからと言って美人とも言えない。背は低くやせ形で、胸もお尻も小さく、顔は童顔。年齢を自己申告しなければ、14~15歳くらいに見られることもある。


 もちろん、あまりモテた覚えもなく、体を重ねたのは勇者ただ一人のみであった。


「あー、静まれ、静まれ」


 喧々諤々の広場の様子に、レオナルドがそう促すと、嘘のように場が静まり返った。すると、おもむろにレオナルドは口を開いた。


「えー、彼女はアリアさん。今日からみんなのお世話をする『賄いさん』だ!」


「賄いさん?」


 聞きなれない言葉だったのだろうか、全てではないが、首を傾げている者もいる。


「まあ、つまりだな、みんなの宿舎で炊事、洗濯、掃除をやってくれる方だ。……ん、どうしたマルス?」


 レオナルドの視線の先に、少し手を上げている太っちょの男がいた。その顔は、どこか愛嬌がある。


「ええと……賄さんとは、くんずほぐれつ、エッチなことはしてはいけないのでしょうか?」


 ……顔に似合わず、質問はゲスだった。すると、一同の視線が一斉に自分に向けられていることをアリアは感じた。少し恐怖を感じてレオナルドを見ると、彼は静かに怒気を放っていた。


「……言っとくが、手を出すんじゃねぇぞ?もし、そんなことしたら……わかってるよな?」


 レオナルドの威嚇に、全員アリアから視線を外して正面を向いた。一先ず、貞操の危機は去ったことを知り、アリアはホッと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。いろいろ助けてくれて」


 解散を命じたレオナルドに駆け寄り、アリアはお礼を述べた。すると、レオナルドはアリアを抱き寄せて、そのまま回した右手でアリアの小さな胸を揉んだ。


「なにすんのよ!!」


 アリアの右手によるビンタがレオナルドの頬を打ち、真っ赤な紅葉マークを浮かべあがらせる。


「いや……お礼を頂戴しようかなって……」


「このスケベ!!変態!!……ちょっとでも『かっこいいかな』って思った私の想いを返せ!!」


「えっ!?」


 思ってもみなかった言葉に、レオナルドが呆然としている中、アリアは開拓小屋の方へと歩いていく。レオナルドは、打たれた左の頬に手を置いたまましばらくの間、立ち尽くした。

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