第50話 今日のつづきが未来になる

 フェンリルの消滅に伴い、青森各地で暴走していた魔物は、水が引くように鎮静化していった。


「やれやれ。ようやく収まったか」


 十和田湖のほとりで、岩に腰を下ろして休んでいるのは十和田青龍大権現である。


「大丈夫ですか青龍さん、しっかりしてください」

「案ずるな。ちょっと疲れただけじゃ」


 周囲の冒険者が、青龍の身を案じて、水を飲ませたり汗をぬぐったりしている。


 湖に出現したワイバーンは、青龍の助力もあり、なんとか撃退に成功したのだ。


「わしはしばらく休む。姿は消えるが心配するな。わしはこの湖を見守っているゆえな」

「青龍さん……!」

「礼を言うぞ、人よ。よくぞここを守ってくれた」


 湖を眺め、目を細めながら、青龍は風景に溶けるように消えていった。


 どこかで龍が湖を見守ってくれている。そんなかすかな希望を周りの人間に残しながら。



◆◆◆



 フィーナ達が青森市に帰還し、事の次第を報告した。冒険者ギルド内では、既に魔物が沈静化していると情報が伝わっており、皆が喜んでくれた。


「よくやった、よくやったぞお前ら」

「君らならやると思ってたよ」

「本当にすげえぜ。救世主だよあんたら」


 四方八方から褒められ、フィーナは嬉しいやら恥ずかしいやらで、どうしたらいいか分からなかった。


 電話にて、ピートも祝福してくれた。


『うまくやったようだな、君たち。本当に……助かったよ』

「あはは、ありがとうございます!」


 ギルドにいる者みんなが笑顔になっていた。口々に、礼を述べてくれた。フィーナ達も自然と笑顔になる。外は寒いが、心は温かかった。


 青森の危機を救う。冒険者として、偉業を達成した瞬間であった。



◆◆◆



 12月下旬。青森市に粉雪が降る寒い日。フィーナ達は喫茶店「ジュリアス」を訪れていた。マスターであるベンジャミンが、青森を救った記念に、コーヒーをご馳走してくれるというのでやって来たのだ。


「寒い中ようこそ。お前らのおかげで青森も救われた、礼を言うぜ。今日は俺の奢りだ」


 ベンジャミンは、コーヒーだけではなく、ハムトーストやシフォンケーキも机の上に並べてくれていた。


「うわー、いいんですかー」

「いいから食えよ。俺からのお祝いだ」

「ありがとうございます。ベンジャミンさん」

「うははは! 食うべ食うべ」


 ベンジャミンの好意に感謝しつつ、フィーナ達はありがたく食事をいただくこととなったのだった。


 トーストもケーキも暖かく、コーヒーはとびきり芳醇で、冷えた体に染み渡るように美味しかった。


「ベンジャミンさんも、魔物退治に加わってくれたんですよね。そちらも大変だったんじゃないですか」

「大変だったぜ。八甲田にバイコーンが現れやがってな。雪が降って寒いし、ハードな仕事だった。冬の八甲田の仕事はやるもんじゃねえぜ」

「想像するだけで凍えそうね。お疲れ様です」

「いやいや。そっちのほうがよっぽどお疲れさんだ。恐山まで行ったんだろ。話によると、山が噴火してたそうじゃねえか」

「でもそのおかげで勝てましたからね!」

「全くすげえ話だな。しかし、よくぞ生きて帰ってきた。何日か前には、テレビの取材も受けてたよな」

「いやー、あはは、そうなんです。お恥ずかしい」


 フィーナ達は数日前に地元のバラエティ番組に出演し、インタビューを受けた。思いがけずヒーローのようになってしまい、死ぬほど緊張したことをフィーナは覚えている。


「そうよ、ほんと恥ずかしいわ。フィーナったら、緊張のしすぎで噛みまくって、何言ってるのかさっぱり分からないんだから。おかげで私が通訳者みたいになってたもの」

「ちょっと真冬っ! しょ、しょうがないじゃん、テレビなんて初めて出たんだしさぁ」

「あれは面白かったですね。番組の司会者も困惑してました」

「くくく。テレビに弱いおなごだの」

「もぉぉ、みんな忘れてよぉ」


 幸い、街を歩いていても、声を掛けられることはない。それはフィーナにとって安心事項だった。皆が知っている有名人になったら、恥ずかしくて街を出歩けないかもしれない。


 自分は有名人には向いてない。フィーナは心からそう思う。自分はただの冒険者なのだ、と。


「いいんです。あたしは、テレビとか向いてないので」

「そうか? 俺は嬉しかったがな。ウチの店に来る客が、とうとうテレビに出るまでになったかと思うと感慨深いもんがあるぜ」


 ベンジャミンは腕を組んで頷いている。そう言われると、フィーナもそこまで悪い気はしないから不思議だ。


 思えばここまで色々あった。数か月前までは金欠にあえいでいた自分が、ひょんなことからアーティファクトを手にして、仲間ができて、青森を救った。とても想像もできないことだった。


「……みんなのおかげです。仲間のみんながいてくれたおかげですよ」


 フィーナは心からの言葉を口にする。自分一人の力とは、全く思わなかった。


「あたしと一緒にいてくれて、素敵な仲間になってくれた。ここまで隣にいてくれた。だからこそここまでやってこれた気がする。あたしはずっと、みんなに背中を押してもらってたんだ」


 ふうん、と言って真冬は少し笑った。


「貴方、そういうところあるわよね。テレビじゃガチガチに緊張するくせに、こういう時だけ堂々とそういう恥ずかしいこと言えるんだから」

「な、なにさ!」

「褒めてるのよ。やっぱりあなたがリーダーで良かったわ」

「同意します。フィーナさんを……皆さんを選んだ僕の目に狂いはありませんでした」


 コーヒーを飲みながら奈津が言った。


「僕の生きる目的は、青森を守ること。でも今はもう一つあります。皆さんと一緒に、楽しく過ごすことです」

「奈津……」

「楽しいパーティだと思っていますよ。私たちは」


 相変わらず表情は変わらないが、それはとてもやさしい声だった。


 すると、トーストを平らげた楓がうーんと伸びをする。


「こごまで、いろんな連中と戦ってきた。いろんなとこさ行ったなぁ。ただ、今思い返せば、みんな、楽しい思い出な気がするんだぃな。みんなのおかげだっきゃ」


 そう言って、頬杖をつき、くっくっくと笑った。


 そうだ、とフィーナも思う。ここまでずっと楽しかった。命がけの仕事なのに、心があったかくなるのだ。


「……へへへ! 真冬、奈津、楓、いつもありがと!」


 思わず満面の笑みになっていた。これからの未来もきっと、この面子なら楽しくやっていけそうな、確信に近い予感があった。



◆◆◆



 冒険者。魔物を倒し、悪党を追う仕事人。その仕事は尽きることがない。


 助けを求める人がいる限り、彼らは危険に立ち向かい続けるのだ。


 だから、フィーナ達の戦いは終わらない。爆破使いと氷使いと鬼と忍者の戦いは、きっとまだまだ続く。もちろん、彼女たちの楽しい日常もまた、ずっと続いていくのだ。


 なぜなら────ここは青森なのだから。

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エルフ×青森×爆破魔法 ~異世界ランクSSSの青森でザコエルフが覚醒する話~ 出雲 海道太 @ABCsk

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