第49話 「恐山」 必殺の冥路

 フェンリルが放つ雷により、フィーナ達の体は完全に痺れ、動きを封じられた。


 冷たい風にさらされ、体がどんどん冷えていく。


 そんな中、真っ先に動けるようになったのが楓だった。人よりも幾分頑丈な楓は、電流の直撃からの立ち直りもまた少しだけ早かった。


「くぅ、あんの狼、かちゃくちゃねぇ始末に負えないのぉ」


 必死に腕を伸ばし、懐に入れていた回復ポーションをやっとの思いで掴む。それを体に振りかけ、ようやく起き上がれるようになった。


「フィーナ! 真冬! 奈津! 生きてらが!?」


 吹っ飛ばされたフィーナ達の元へ駆けより、瓦礫をどかしながら、楓は回復ポーションを3人にかけてやった。


「ごめんよ、助かった!」

「世話かけたわね、楓」

「ありがとうございます。助かります」


 幸運にも命は落とさなかったが、防御魔法がかけられた衣服はズタズタにされていた。


 次に挑めば命の保証はない。


「どうするの? もう一度行っても、また返り討ちにされるわよ」

「……本当に参ったね。作戦がまるで思いつかない」

「ひとまず、もう一度僕のホークアイで見てみます。攻略法が見いだせるかもしれません」


 すると、遠くの方で、ズズンという地鳴りが響いた。


「何?!」

「向こうの方からだな。行ってみるべ」


 地面の奥底から響くような振動だった。不安を抱えながらも、地鳴りの正体を確かめようと、フィーナ達は恐山の奥へ進んだ。



◆◆◆



 それより少しだけ前。恐山の奥、ごろごろとした岩が転がる荒れ地を、フェンリルは歩いていた。


 ──まるで地獄の景色のようだ。


 心からそう思える光景だった。


「世界を滅ぼす始まりの地としてはふさわしいな」


 思わず独り言が漏れる。


 世界が憎いわけではない。恨みもない。命令されたわけでもない。


 ただ、楽しいからやる。遊びの延長線上として、世界を滅ぼす。この雷の力で、土地ごと焼き払い、消滅させる。


 楽しむために自分は生まれてきたのだ。フェンリルは心からそう思っていた。


「さて」


 湖の前で、フェンリルは立ち止まった。


 宇曽利湖うそりこ。恐山の中にある湖である。エメラルドグリーンに牛乳を溶かしたようなその湖は、先ほどまでの地獄のような光景から打って変わって、まるで天界のような幻想さがあった。


 静かな湖だった。音というものが一切なかった。しんと静まり返る中で、粉雪だけが降っていた。


「よし、決めた。決めたぞ。まずはこの湖から破壊しよう」


 フェンリルは、体に電流を蓄え始めた。


 永い眠りの中で、雷の能力がすっかり衰えてしまったが、冒険者との戦いの中で勘を取り戻すことができた。


 さあやろう。滅ぼそう。そう思い、湖をじっと見つめる。


 その時、強い地鳴りが響き渡った。


「?!」


 恐山が揺れている。鳴動している。


(何だ、これは)


 混乱するフェンリルの足元が、みしりと音を立ててひび割れた。


 ──その瞬間、大きな爆発が起こった。


 岩や石が勢いよく吹っ飛び、とてつもない高熱がフェンリルを襲った。


「何だ?! あの女の爆破魔法ではない! 何だこれは?!」


 立て続けに、2回目、3回目の爆発が起こる。フェンリルは吹っ飛ばされ、皮膚がみるみる焼けただれた。


 それは、火山の噴火だった。


 異世界と融合した恐山は、火山活動が活発化しており、それがフェンリルの雷によってさらに刺激された。恐山にある地下水が熱で急速に気化し、とうとう水蒸気爆発を起こしたのだ。


「何だ、何なのだこの山は!!」


 それはまるで土地の逆襲だった。


 滅ぼすはずの土地に反撃された。フェンリルは、直感でそう感じた。



◆◆◆



「見て! フェンリルが倒れてる!!」

「煙も出てるわよ。まるで火山ね」

「恐山は火山です。噴火が起こったとみて、間違いないでしょう」


 フィーナ達はフェンリルに追いついた。地面から上がる煙も、そして焼けただれたフェンリルの体も確認した。


 すると、ホークアイを持つ奈津が驚きの声を上げた。


「皆さん! フェンリルの心臓に、ヒビが入ってます!」

「うそっ!?」

「ははぁ。火山の噴火でやられたんだびょんだろうね


 どうあっても破壊できなかった心臓が、壊れかけている。それはこの上ない勝機だった。


「やるわよね、フィーナ!?」

「もちろん! あの心臓を──みんなでブッ潰すよ!!」


 臨戦態勢に移るフィーナ達を、血走った目でフェンリルは睨みつけた。


 ……許せん。


 ……土地を滅ぼすこのオレが、土地に滅ぼされかけるなど、許せん。


 フェンリルにとって、これは遊び。自分が絶対に勝利する遊び。だからこそ、敗北の可能性などというものを、認められるわけはなかった。


「人間。冒険者。このオレに勝つつもりか。小癪な!! 「絶叫する終雷ベルディビクシオ!!」」


 嵐のような雷が、何度も落とされる。フィーナ達の体中に痺れと激痛が走る。


 だが、それは先ほどの雷よりは痛くはなかった。


(威力が下がってる!!)


 フィーナは歯を食いしばる。今ならやれると、腹の下に力を込める。


 雷を受けながらも、最初に動いたのは楓だった。


「ビリビリ攻撃ばしばっかりするんでねぇ!! かちゃましいうっとうしいんずや!!」


 フェンリルの目の前まで駆け寄り、左胸に右拳を叩き込む。


「がッ……」


 たたらを踏み、フェンリルがよろける。電撃攻撃が中断される。


 楓の一撃により、心臓を覆っていた鎧が、ボロボロと剥がれ落ちていた。


「ナイス、楓!」

「今ならやれます!!」


 真冬が氷魔法でフェンリルの足元を固める。身動きが取れなくなったフェンリルへ、奈津が手裏剣を投擲した。心臓のヒビ割れに手裏剣が突き刺さる。


「フィーナ、今ならやれる!」

「あいよぉ!!」


 心臓に、全神経を集中させる。心に思い描くのは、真っ赤な爆発だ。


「ブラスト・ボルケーノ!!」


 真っ赤な花のような爆破が、フェンリルの心臓で炸裂した。


「が、ァァァァァァァァァァ!!」


 フェンリルが悲鳴を上げて倒れる。心臓ははじけ飛び、鮮血が地面を濡らしていた。


「……このオレが、負けるだと。滅びるだと。そんなコトが、そんなバカなコトが」


 心底信じられないという声色で、終末の獣がそう呟く。


 額の汗をぬぐって、フィーナがそれに答えた。


「私たちは冒険者だもの。ここを滅ぼすっていうなら、全力で抗うよ」


 それを聞いて、フェンリルが小さく笑った。


「フン、抜かったな。遊びで滅ぼせるほど甘い土地じゃあなかったか、ココは──」


 ぼろり、とその体が崩れる。ヨルムンガンドがそうであったように、肉体が塵芥ちりあくたと化して、風に吹かれて消滅していった。


「……お、終わったぁ!」


 安心から、フィーナは地面に膝を着く。真冬も奈津も楓も、安堵のため息を漏らした。


「終わったわね」

「終わりましたね。お疲れ様でした、皆さん」

「うははは、一時は死ぬかと思ったじゃあ」


 すると、また地鳴りが鳴った。地面の亀裂から、煙が噴出する。


「うわっ、また揺れてる!」

「ここから離れた方がいいわね。行きましょう」


 噴火に巻き込まれてはたまらないと、慌ただしくその場を後にすることになった。


 車へと戻る途中、フィーナは一回だけ、湖を振り返る。


 エメラルドグリーンの湖。ごつごつとした岩々。噴出する煙。


 それを見て、ふとフィーナは思う。


 ──もしかしたらフェンリルは、この恐山という土地そのものに、排除されたのではないかと。


「なんて、ね。そんなことあるわけないよね」


 冗談ぽくそんな風に言ってはみたが、何だかフィーナはそんな風に思えてならないのだ。


 ここは青森。何だって起こりうるのだから。

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