第43話 「新郷村」 屍操術師の再殺

 黒いコートの男。フィーナの第一印象は「蝋人形みたい」だった。


 顔色が悪く、痩せている。全く生気が感じられない。


「気を付けてください。あの男も、体温が感じられません。すでに死亡しているはずです」


 奈津が小声で言う。


「あれがゾンビの親玉ってことでいいのかしら」

「……一応、聞いてみようか」


 一歩進み出て、フィーナが問うた。


「すいません! あなたがゾンビを操っている人ですか?!」

「そうだよ」


 やけにあっさりした答えだった。


「それじゃ、すいませんけど、いますぐに村から出て行ってもらえますか!? 入られると困るんです!!」

「それはできないな」


 目を細め、ビクトールは答える。朗らかな口調だが、強い拒絶の語気を感じた。


「ここはキリストの墓がある村なんだろう? 僕はね、そこに用があるんだ。世界的にみても超絶有名人だ。ネクロマンシーの僕にしてみれば、最高の素材ってわけさ」

「なっ……本気で言ってるの……?」


 顔をしかめる真冬だが、ビクトールの表情はあくまで朗らかだ。それが不気味だった。


「本気さ、超本気さ。そりゃもちろん、本当のキリストが眠っているなんて思っちゃいないさ。でも関係ない。関係ないんだ。墓の下に眠る遺体をゾンビにしてみたい。ただそれだけなんだ。僕の胸のときめきは、もう抑えられないし止められない! どこの誰にもだ!」

「そんな理由で……!」

「凡人である君らには理解できなくても仕方ないさ。だが僕は気づいたんだゾンビの素晴らしさに! 屍になればウソも罪も消え世界は光り輝くことに! 僕はもっとゾンビを作りたい! 三千世界の生者を殺し、死者と朝寝がしてみたい!! 異論はあるか!! あるならことごとく却下だ!!!」


 それを合図に、ゾンビ達が一斉に、フィーナ達目掛けて走り出した。


「ふん、なぁーにが素晴らしさよ。ゾンビになって価値観がブッ壊れただけじゃない」


 真冬は氷結魔法でゾンビの足元を固め、身動きを封じる。


「フィーナ!」

「分かってる!!」


 爆破魔法が炸裂し、ビクトールは爆炎に包まれた。


 だが、ビクトールは止まらない。体中がちぎれ飛んでもなお、彼はそこに立っていた。


「何なのよ、こいつ!」

「攻撃をやめろ。僕じゃなかったら死んでたぞ」


 ビクトールの傷が少しずつふさがっていく。顔には血管が浮き上がり、人外となり果てたことを静かに示していた。


「おそらく、あのネクロマンサーは、魔物の肉体を自分の肉体に混ぜ込んでいるんでしょう」


 呟いたのは奈津だ。


「そんなえげつないことしてんの?!」

「防御力の高い魔物の皮膚を自らに融合させているのかもしれません。ゾンビというか、あれはもはやキメラですね」

「そんなんどうすりゃいいのさ!」

「弱点らしきものは見当たりませんね。こうなったら、方法はひとつしかないでしょう」


 手裏剣を取り出し、奈津は叫ぶ。


「ゾンビの制圧方法の王道です。圧倒的な火力による、ゴリ押しです! フィーナさん、真冬さん、頼みましたよ!」


 奈津は手裏剣二つを勢い良く投げる。飛んでいった手裏剣は、ビクトールの右目と左目に正確に突き刺さった。


「ぐっ!!」


 それが合図だった。フィーナも真冬も即座にやるべきことを理解した。ゴリ押し。魔法の連発。小細工なしの火力勝負。極めてシンプルな作戦だった。


「ブラスト・ファイアワーク!!」

「フローズン・ジェネラルフロスト!!」


 攻撃をビクトールに集中させ、何発も何発も攻撃魔法を浴びせる。そのたびにビクトールの皮膚がはがれ、飛び散っていく。


 道路にはヒビが入り、ゾンビ達が爆風で宙を舞う。それでも魔法は緩めない。跡形もなくなるかと思うほど、立て続けに攻撃魔法を連発しまくった。


「生者ども! 生者どもォッ」


 ビクトールが叫ぶ。


「強いじゃないか! 生者! 生者なのがもったいないぞッ! 悪いことは言わない、今すぐにゾンビになるといい!」


 負けじとフィーナも叫び返した。


「おあいにくさま! ゾンビとか全っ然興味ないから! 死んだ人ってのはお墓の中で眠りにつくのが世の中の筋なの!! ゾンビにして操るとか、ほんと誰も得しないから!! だからもう──あなたも大人しく、しっかりあの世に行けってんだ!!」


 キャボボボボボボ、と爆発音が響く山道はまるで戦場のようだ。


 フィーナと真冬の息が切れてくるころ、ゾンビ達の動きがぴたりと止まった。


 魔法を止めると、ビクトールが力なく膝から崩れ落ち、動かなくなった。


「──ああ、全く残念だ。最高にイカしたゾンビを作ってやろうと思ったのに。でもまあ、しょうがない。ちりちりに返る、ってやつか」


 ぼろぼろと、ビクトールの体から肉片が剥がれ落ちていく。


「死を、2回も体験できるんだ。こんな贅沢、なかなかないよなぁ」


 砂でできた城が崩れ落ちるようにして、ビクトールの体はゆっくりと滅び去り、しなびた肉片の残骸だけが残った。


 周りにいたゾンビ達の全ても、その場に倒れて動かなくなった。


「はァ~~~~ッ」

「終わったわね」

「皆さん、お疲れ様です」


 フィーナと真冬と奈津はその場にへたりとしゃがみ込む。


「もうダメ、くたびれたよ」

「私も。魔法の使い過ぎで頭痛いわ」

「今回は本当にハードでしたね。まさかゾンビと戦うことになろうとは」

「もう二度とゴメンだわ、ゾンビ退治なんて。この先、似たような依頼があったら絶対に断りなさいよ。フィーナ」

「……そうしたいね」


 とてつもない疲労に襲われ、3人はしばらく立ち上がれなかった。



◆◆◆



 戦いが終わり、新郷村には平和が戻って来た。自警団長の福山は、フィーナ達に金一封を丁寧に手渡ししてくれた。


「済まねえなあ、手を貸してくれて。君らのおかげで解決したようなもんだ。少ないが、こいつは謝礼だ。受け取ってくれよ」

「あはは、ありがとうございます。頑張った甲斐がありました」

「なかなか楽しかったなぁ。ゾンビば千切っては投げ、千切っては投げ。ぁの大活躍だったじゃ」


 ぐったり疲れたフィーナ達だったが、楓はご機嫌で笑っている。


「小学生並みの体力ね。うらやましいわ」

「うはは、それほどでも!」


 村の山道に散らばっているゾンビの亡骸は、村人が総出で片付け、丁重に葬るとのことだ。村を襲う危機が去ったことで、自警団員の表情も明るい。


「あ、そうだ、これも持って行ってくれ」


 福山が傍らにあったダンボールを渡してくる。中には飲むヨーグルトやら煎餅せんべいやらがぎっしり入っている。


「村の特産品なんだ。良かったらみんなでどうぞ。お礼の気持ちだ」

「これはどうも、ありがとうございます」

「このお煎餅、ちょっと変わったお煎餅ですね」

「うむ。そいつは生キャラ煎餅っつってな。煎餅と煎餅に生キャラメルをサンドするっていう……まあ、家に帰って食べてみてくれよな!」


 くれる、というなら断る理由はない。フィータ達はありがたくいただくことにした。


「本当なら、キリストの遺言書手ぬぐいとか、キリストのハッカ飴とか、いろいろ特産はあるんだが、そっちは在庫を切らしていてな……」

「あ、いや、大丈夫です。お気遣いなく」


 どんな品物だろうと興味が湧くフィーナだが、今は触れないでおこうと思い直した。


「また村に来てくれよな。いつでも歓迎するからよ」


 福山は、そう暖かく言ってくれたのだった。


 フィーナ達が軽ワゴンに戻り、帰路に着くころには、もう辺りは真っ暗になっていた。


「大変な戦いでしたね……」

「みんなにケガがなくてよかったよ。本当に」

「温泉にでも行きたい気分よ。この疲れや不快感を洗い流したい」

「お、いいなぁ。今度みんなして湯っこさ入りに行ぐか」


 遠ざかる新郷村を見つめながら、フィーナはつぶやいた。


「変わった村だったね」

「ええ、ほんとに」

「まあでも、忘れられない村だったかな」


 神秘の村、新郷村は、暖かい村人に支えられ、きっとこれからも在り続けるだろう。

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