第44話  極寒(ゴッサム)シティの温泉郷

 12月。青森に、本格的な冬が訪れ始めた。


 11月の下旬からすでに冬と呼べる気温にはなっているのだが、「冬がやって来た」と強く感じる光景は12月に完成を迎える。


 雪が積もるのである。


「うぅ、さんむい」


 朝、フィーナが目を覚ますと、部屋はひんやりと冷えていた。冬の朝は寒さが厳しい。賑やかに鳴り響く目覚まし時計を止め、気合で布団から這い出ると、フィーナは窓の外の景色を眺めた。


「積もり始めたなぁ」


 窓の外は、道にも、車にも、家の屋根にも、どっさりと雪が積もっている。今年の雪は一気に積もるタイプであった。窓を触るとひやりと冷たい。外の冷気が伝染してくるかのようだった。


 青森は、冬になると魔物の動きが鈍る。動物と同じように、魔物も冬眠するらしい。そのため雪国の冒険者は冬になると少しヒマになるものだ。フィーナ達も少しだけ休みの日数が増えた。その分稼ぎは減るので、冬季期間は節制が重要となる。


 どこかで「しゃああああ」「どさっ」という音が聞こえた。屋根に積もった雪が、重みに耐えかねて滑り落ち、落下する音だ。


「風邪ひかないように気を付けないと」


 自らに言い聞かせるようにフィーナは呟いた。



◆◆◆



 買い物のために外に出ると、冷たい空気に体を包まれた。


 厚着をしてもなお、冷気が体を凍えさせる。ぴゅうぴゅうと吹く風が体温を奪う。雪深い青森は、寒風に包まれた極寒ゴッサムシティだ。


 雪を踏むと、体重で圧縮された地面の雪が「ぎゅっ」と鳴るのが聞こえる。


 フィーナは異世界エセルティーン生まれで、温暖な地方で過ごしたため、青森で暮らし始めたばかりのころはやや雪に対して戸惑いもあった。だが今はもう慣れたものだ。


 滑って転ばないよう、雪が道路にかぶっている場所を歩く。ほんの少し前傾姿勢をとり、歩幅は気持ち小さめに。足裏全体を地面につけ、慎重に前へと進む。


 たくさんの雪が降り積もる青森だが、車道は除雪されている。雪が積もる夜、「除雪車」という雪を片付ける黄色いブルドーザーが現れるのだ。


 夜遅く、ウォンウォンウォンと音を立て、ランプを灯しながら除雪にやってくるブルドーザーを見て、青森に来たばかりのフィーナは驚かされたものだ。


 最近では、ブルドーザーだけでなく、除雪用のゴーレムも活躍すると聞く。


「ほんと、除雪の人は大変だなぁ」


 そんなことを思いながら、フィーナは目的地に無事たどり着いた。


 サンロード青森。青森市の中央に位置するショッピングセンターである。フィーナが食料などを買うのによく利用する場所だった。


 冷凍食品、ティッシュペーパー、米、お茶などを買い込み、会計を済ませると、レジで福引券をもらった。


「フクビキ? ああ、くじで景品が当たるってやつね。こういうの、当たったためしがないんだよなあ」


 苦笑しながら、フィーナはショッピングセンター内の福引会場に行く。箱の中にたくさんの紙が入っているクジによる福引だ。どうせ当たるとは思っていないので、適当に箱に手を突っ込み、全くの無心で1枚引いた。


「まあどうせ、ティッシュか何かが当たるんでしょ」


 紙を開いてみると、そこには「1等」という文字が印字されてあった。


「おめでとうございます!!」


 当選を祝福するからんからんという鐘の音が鳴った。「え? え?」と戸惑うフィーナに、係員からチケットが手渡された。


「温泉の割引チケットです。おめでとうございまーす」


 こんなことあるのか、と呆然とするフィーナ。


 1等なんて縁がないと思っていたが、そんなこともなかったのだ。



◆◆◆



「というわけでさ、温泉のチケットが当たっちゃったんだけど!」

「すげーーーー!!」


 冒険者ギルドにて、フィーナが事の顛末を報告すると、他のメンバーは驚き、祝福してくれた。


「へえ、1等なんだ。フィーナにしてはやるじゃない」

「フィーナにしては、は余計だっつの!」

「おめでとうございます。良かったですね」

「クジが当たるって、なんか嬉しぐなるもんだなぁ。ろぉ~。日ごろの行いがかったんだべなあ」

「ちなみに、温泉ってどこ温泉なのよ?」

「えっとねえ、浅虫温泉だって。旅館に一泊二日できるみたい」


 浅虫。青森市の東側、海に面した温泉街である。


 チケットはちょうど4枚つづりになっていて、フィーナ達全員が恩恵を受けられる。宿泊費が5000円割り引かれるというものだった。


「最近寒くなってきましたし、ちょうどいいですね」

「温泉行きたいと思ってたのよね、ちょうど。こないだはゾンビでえらい目にあったし、このくらいのラッキーがないと釣り合わないわ」

「ふふん、あたしのクジ運も捨てたものじゃないってことだね」

「で、いつ行くんず? いつ行くんず?」


 キラキラした瞳で楓が尋ねてくる。期限こそないが、思い立ったが吉日だろうとフィーナは思った。


「よーし、じゃあ明日行こう!」

「ずいぶん急ですね!」

「いやー、ワクワクしてる今がベストタイミングかなと思って。やっぱ急かな?」

「……まあ、別にいいわよ。このメンバーなら気兼ねなくリラックスできると思うし」

「よっしゃ!!」

「ただ、明日行くなら予約したほうがいいんじゃないの?」

「あ、そうだね、電話してみよう」


 温泉。旅館。フィーナも知識としては知っているが、体験するのは初めてだ。どんな場所なんだろうと考えると、無性にワクワクしてくる。


 仕事抜きで、仲間と泊りに出かける──たまにはこういう時間があったっていい。フィーナはそう思うのだった。

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