第42話 「新郷村」 徒花ネクロマンシー

 ゾンビを従える、黒いコートを着た眼鏡の男。


 その名を「ビクトール・ステイシー」という。


 黙っていれば、大学教授のような理知に富む外見をしている。だがビクトールはまごうことなき変人であり、狂人である。


 ビクトールはもともと、八戸を中心に活躍する、「マシブカ」という窃盗組織の一員だった。


 マシブカは、10人ほどで構成され、空き巣や強盗を働き、目撃者はその場で殺して口封じをするという、疑いの余地がない悪党だった。ビクトールは、殺した目撃者の死体処理を担当していた。


 ビクトールはスキル「ネクロマンシー」という能力を持っていた。死体を人形のように操る能力である。


 人死にが出るたび、ビクトールはこのスキルを使って死体を操り、山の中や海へと誘導して、自殺であるかのように細工を施し、処理をしていた。


 だが、仲間にも隠していたが、ビクトールは「生き物の死体が大好き」という常軌を逸したへきをもっていた。


 物心ついた時から、虫の死体、動物の死体、人の死体を、防腐処理を施して自宅に保存してきた。ある時は死体の肉を使ったオリジナル料理を作り、ある時は死体の皮をはいで皮ドレスを制作した。ビクトールの両親は病的にまで過保護だったため、ある時ビクトールは家族に嫌気がさし、両親も殺害し、死体を保存食に加工してしまった。


 そんなビクトールが、死体処理だけで満足できるはずもなく、いつしか、仲間が殺した人間の死体処理をするフリをして、自宅に持って帰るようになった。


 だがそれはすぐに仲間にバレてしまった。


「おいテメェ、死体を家に持って帰ってるだろ。一体全体どういうつもりだテメェ」


 マシブカの構成員全員から詰め寄られ、ビクトールはごまかしきれず、死体を持って帰っていることを正直に白状した。


 すると、マシブカのメンバー全員が、途轍もない嫌悪の表情でビクトールを見つめた。


「やっぱな。こいつ、絶対やってると思ったわ」

「気色の悪い変態野郎め」

「もういい。お前はクビだ。出ていけ」

「いや……それはダメだ、ここで殺っちまおう」


 ビクトールは、あまりにもマシブカの犯行に関わりすぎていた。クビにするより殺す方が手っ取り早い。そういう結論に至るのは当然だった。


「そうだな、そうしよう。じゃあなビクトール。死ね」


 マシブカの誰かが、持っていたドスでビクトールの心臓を貫いた。その一撃で心臓は停止した。普通なら、あまりにもあっけない最期となるはずだった。


 ──だが、ビクトールはあまりにも優秀な死体使いネクロマンシーだった。


 自分が死ぬ瞬間、まだギリギリ意識が残っているわずかな刹那に、ビクトールはスキルを使い、自分で自分をゾンビにした。死に際の必死さが術式をより強固にしたのか、ビクトールは意識もそのままに、生きる屍となって、この世から去ることなく踏みとどまった。


「お、おい、こいつ死んでねぇぞッ」

「バケモンかよ」


 慌てるマシブカのメンバーに、ビクトールは朗らかに笑ってみせた。


「おいおい、なんてことしてくれたんだ。僕じゃなかったら死んでたぞ」


 ビクトールはドスを奪い取ると、マシブカのメンバーをその場で全員皆殺しにした。


「これがゾンビか。成る程なあ、ゾンビってのはこんな気分になるのか。なかなかいい気分だ」


 これからどうしようか、とビクトールは思案した。


 せっかくゾンビになれたのだ。普通の人間にはできないデッカいことをしてみたい。そう思ってビクトールはスマホで青森の地図を出し、いろいろ検索した。


 そして見つけた。


「へえ。キリストの墓なんてのが新郷村にあるんだ」


 魅力的なワードだった。行ってみたい、と素朴に思った。


「興味深い。行こう行こう。いっぺんでいいからやってみたかったんだ。途轍もない偉人の遺体をゾンビにするってのを」


 ゾンビとなったビクトールには、もはや倫理や理性というものは残されてはいなかった。


 まさか本物の聖人が眠っているなどと、ビクトールも本気で信じてはいない。だが、もう止まらなかった。彼のときめきは、もう止まらない。彼のドキドキワクワクを止めることなど誰にもできなかった。


「よし! 行こう! 新郷村に向けて、前進!!」


 ビクトールは家に保存している死体を全てスキルでゾンビに変えた。それだけでなく、家の近所の魔物を狩り、その死体をつなぎあわせてそれもゾンビにした。さらに、新郷村に向けて歩きながら、出会った魔物や人を狩り、少しずつ仲間を増やしていった。そうして、誰もが眉をひそめる、唾棄すべき軍勢がとうとう完成したのだった。



◆◆◆



「うおおおおおおおどいてどいてえええええええ!!」


 フィーナと真冬は、走りながら立て続けに魔法を使い、ゾンビを吹っ飛ばしながら進んだ。


 ゾンビは単体ではさほど強くない。魔法一発で機能停止に追い込める。だが数が多く、気づくと背後や横にいて掴みかかってくる。


 奈津はフィーナ達の後に続く。黒いコートの男をすぐに確認できるよう、頻繁にホークアイを使用しながら周囲を見回す。


「ほんっと、多すぎ! ゾンビのバーゲンセールじゃん!」

「はあ、はあ……この世の終わりみたいな光景ね」


 死人が道に溢れかえり、生者に襲い掛かる。これをこの世の終わりと言わずして何と言おう。


 だが、3人は歯を食いしばってゾンビを蹴散らした。死体の仲間になってたまるかという、人間の意地だった。


 額に汗が滲んできたころ、奈津が声を上げた。


「いました!!」


 奈津が、黒いコートの男をはっきりと目視した。前方100メートル先を歩いている。


「よっしゃ、サンキュー奈津! ゾンビをどかすのは任せて!!」


 フィーナが爆破魔法を放ち、邪魔なゾンビを一掃する。視界が開けると同時に、奈津が手裏剣を投げつける。


 黒いコートの男──ビクトールの体に、手裏剣がいくつも突き刺さる。


「おいおい、ひどいなあ」


 ゆっくりとビクトールは振り向く。


「僕じゃなかったら、死んでたぜ」


 自分すらゾンビに変えた死人使い。倫理のタガが外れた、屍の指揮者。人道を朗らかに踏みにじるマッドネクロマンサー。フィーナ達は、この野放しにしてはならない男とようやく対面した。

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