第41話 「新郷村」 廃校・オブ・ザ・デッド

「皆さん! 魔物の群れが出現しました! 今すぐに避難してください!!」


 新郷村の自警団の人間が、キリストの墓へやってきた。


 それを聞き、その場にいた人間は避難所へ退避する。フィーナはすぐに何事かと問いただした。


「すいません、私たちは冒険者です。魔物ってほんとですか? 一体どこに?」

「ああ、冒険者さんでしたか。では、ご協力願えますか」

「もちろん!」

「……本当のことをお話しますと、正確には魔物ではないのです。魔物と喋った方が伝わりやすいでそう言ったまででして」

「魔物じゃないって……じゃあ、いったい何なんですか?」

「ゾンビです。村の近くに、ゾンビの群れが現れたんです」



◆◆◆



 自警団は、村の高台の上にある廃校に集まっていた。がらんとした校舎は抜け殻のようだ。フィーナ達は廃校へ赴き、教室の一つに入る。そこでは10人ほどの自警団員が緊張した面持ちで話し合っていた。


「お疲れ様です。青森市から来た冒険者です。加勢に来ました」

「おお、ありがたい。では、すまないがこっちに来てくれ」


 一人の男に手招きされ、4人は窓の近くに立った。


「俺は自警団員の団長をやってる、福山という者だ。よろしく」


 40代くらいの中年の男だった。無骨で迫力のある顔だが、声は優しい。


「まずは見てもらった方が速い。あそこを見てみてくれ」


 福山が窓の外を指さした。廃校は高台にあり、村に通じる山道がよく見える。山道には土嚢などでバリケードが築かれていた。そのバリケードの近くに、うぞうぞと、たくさんの人影が群がっている。


「うわっ、何ですかあれ?!」

「ゾンビだ。この村を目指している。1時間ほど前、山道を通りかかった男が報告してくれた」

「わいぃ……ひでぇ景色だのぉ。うだでぇ気色悪いのぉ」

「何で、この村に……?」

「まったく分からん。皆目見当もつかん」

「ねえ、奈津、何かここからわかることはある?」


 真冬が聞くと、奈津はゾンビをじっと見据えた。


「……ホークアイで確認する限り、あれらは確実に「死体」です。体温は感じられません。それから少し不気味ですが、ゾンビの中には死体をつなぎあわせたようなモノも見受けられます」

「つなぎあわせた?」

「はい。魔術を用いて、人間や動物の体の一部を合体させ、ゾンビの形にして動かしていると考えられます」


 ぞっとするような話だった。それはつまり、ゾンビ達が人為的に作られたことを意味する。


「ってことは、あれを操っている首謀者がいるかもしれないってことね」

「おそらくその通りだ。報告によると、黒いコートの男がゾンビを操っている様子だったそうだ」

「じゃあそいつをやっつければ、ゾンビは止まるってことですね」

「そうであってくれればいいがな」


 青森では、何でも起こる。しかしこの光景はフィーナも考えたことはなかった。死体が動くなんてまるでホラー映画だ、と眉をひそめた。


 自警団の男は沈痛の表情を浮かべる。


「ここは結構平和な村でな。魔物もあまり出ないんだ。自警団も大して強い武器を持っちゃいない。非常用のショットガンが何丁かあるくらいだ。今、ほうぼうの家から、鎌だのつるはしだの、武器になりそうなものをかき集めてるよ」

「それであの人数のゾンビとやりあうのは無茶ですよ! 私たちが行きます!」

「私たち、荒事は慣れてるわ。広範囲に訊く攻撃魔法も使える」

「本当か? そりゃ助かる」


 男の顔がぱっと明るくなる。


「そりゃ嬉しい話だ。光明が見えてきたな。よし、あんたらすぐに討伐の準備をしてくれるか」

「もちろんです!」


 そこへ、血相を変えた若い男が駆け込んできた。


「たっ、大変です!」

「どうした」

「この校舎に、ゾンビが侵入しました!!」

「何だとォ?!」


 教室の空気が一瞬で張り詰めた。


「ゾンビが折り重なって、崖に道を作っています! どんどんやってきます!!」

「数は!?」

「およそ100体ほど! まだまだ来ますよ」

「多いな! 山道に集まってたゾンビはオトリか! 最初から崖を昇って村に入るつもりだったんだなッ」

「くそ! 全員出動するぞ!」

「私たちも手伝います!!」


 フィーナも負けじと声を張り上げる。すると、廊下の向こうから誰かの叫び声が聞こえて来た。


 一も二もなく、その場にいた全員が駆けだした。


 薄暗い廊下の向こうで、自警団員の男がゾンビに襲われている。壁際まで追い詰められていて、今にも噛みつかれそうだ。


「いま助けます!!」


 真っ先に飛び出したのは奈津だ。懐から手裏剣を3つ取り出し、即座に投げつける。一直線に手裏剣が飛んでいき、ゾンビの頭にリズミカルに突き刺さる。


「ぜりゃぁぁッ!!」


 奈津は走りながら小刀を抜いた。ゾンビの首が斬り落とされる。糸の切れた人形のように、ゾンビは倒れて動かなくなった。


「た、助かった」


 襲われていた男はへなへなと腰を抜かす。


「大丈夫ですか?! ケガは?!」

「ああ、平気だ」

「それより早く入り口を閉めろ! 校内に侵入されるぞ!!」

「ダメです!! もう侵入されてます!!」


 見ると、20体ほどのゾンビが昇降口から校内になだれこんでくるのが分かった。おぞましいことに、全員が猛ダッシュしてこっちへ向かってくる。


「アイツら、走れるタイプのゾンビだぞーーーーーーーーーーッ!!!」

「みんな下がってください!! ブラスト・ファイアワーク!!」


 フィーナがありったけの大声で叫ぶ。昇降口近くのホールに、真っ赤な爆炎が上がり、固まっていたゾンビがまとめて吹っ飛んだ。爆風で近くのガラスが吹っ飛ぶように割れた。


「うおっ、す、すげえな嬢ちゃん」

「それほどでも! それより昇降口を黒焦げにしちゃってごめんなさい!」


 爆破魔法により、昇降口の廊下は火事にあったかのように真っ黒こげになっていた。


「なあに、どうせここは廃校だ。気にすんな」

「まだまだゾンビがやってきます! このままじゃ村の中に入られちまう!」


 窓の外を見ると、わらわらとゾンビが走っているのが見えた。


 廃校へ向かうゾンビもいれば、村へ向かうゾンビもいる。少しずつ、ゾンビ達のうつろなうめき声が近づいてくる。


「ああああァァァァァァ」

「あァァアアアアぁぁぁぁぁ」

「アアアアア、あああああああ」


 自警団員が、ひきつった顔で武器を構えた。


 低い声で福山が言う。


「フィーナの嬢ちゃん。頼まれてくれるか。あのゾンビを操っているのは黒いコートの男だろうって、さっき話したよな。そいつを見つけて、ブッ倒してほしい。もし可能なら、ゾンビ達も倒してほしい。村にゾンビが入ってほしくない」

「分かりました。でも、ここの守りは」

「俺たちがここを死守する。村の各地に散ってる他の自警団員にも連絡を取る。こうなった以上俺たちも頑張るしかないだろ」


 福山の顔も恐怖で真っ蒼になっていた。平和な村というのは本当のようだ。ここにいるのは戦士ではなく、村を守るために必死に立ち上がる一般人だ。


「……分かりました。必ず、黒いコートの男をブチのめしてきます!」

「頼んだぜ」


 すると、真冬がひとつ提案をする。


「楓。貴方はここに残って、自警団の手伝いをすればどう?」

「おっ、チーム分けだな。ぁは構わねぇよ」

「自警団員だけでこの校舎を守るのは大変だもんね。いいアイデアだと思うよ」


 にやっと笑い、楓は指の骨をぽきぽきと鳴らす。


「よぉし。此処はぁに任せへ」

「決まりだね! よし、私たちは早速行こう!」


 外は夕暮れ。陽が沈み、すでに空は夜の色になっていた。


 フィーナ、真冬、奈津の3人は学校の外へ駆けだした。たくさんのゾンビ達が道路を埋め尽くし、足音やうめき声で奇怪なハーモニーが奏でられていた。


「ほんっと気色悪い!! ゾンビが出てくるのは映画かゲームの中だけにしてほしいんだけど!!」

「まったくね。夢に出てきそうだわ」

「急ぎましょう。村に侵入されたら厄介です」


 こうして、ゾンビとの死闘の火蓋が切って落とされたのだった。

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