第40話 「新郷村」 ゾンビがキリストの墓にやってくる
青森県、新郷村。
県の南東に位置するこの村で、大きな魔物が出たと知らせが入り、フィーナ達は討伐に赴いた。
11月は半ばを過ぎ、木の葉はすでに落ち葉と化している。空は曇りで、白い雲に覆われている。
村の山道を塞ぐのは、一つ目の巨人型の魔物だった。真冬の氷魔法とフィーナの爆破魔法とで、遠距離から高火力を叩き込むことにより、近づくことなく討伐することができた。
「ようし、討伐完了!」
「今回は楽だったわね」
最近、魔物の動きが活発であると、テレビのニュースでも度々取り上げられるようになってきた。
これが、青森のどこかに眠るという、フェンリルが目覚める予兆なのかは分からない。フィーナ達にできることは、こうして魔物を討伐することくらいだ。
「それにしても、のどかな村だね」
「村ってのは、基本的にのんびりしたもんよ」
「そうかもね。新郷村って、名産とかってあるのかなぁ」
「ここは酪農が盛んらしいですね。後は……そうですね、名物というと、「キリストの墓」とかでしょうか」
「何それ?」
聞き覚えのない単語にフィーナは首を傾げる。苦笑しながら真冬が引き継いだ。
「あぁ……私も行ったことはないのよね。何というか……ウルトラB級スポットって感じかしら」
「お墓が観光名所になってるってこと?」
「うぅん、まあそう言えなくもないですね」
奈津も珍しく歯切れが悪い。
「百聞は一見にしかずっていうし、行ってみる?」
「いいね。行こうか」
「
そんなわけで、謎の観光スポットであるキリストの墓を見物することになったのだった。
◆◆◆
キリストの墓。
それは新郷村の、高台の上にある。「キリストの墓公園」として整備されており、物好きが見学しに訪れる。キリストというのは言わずもがなイエス・キリストのことである。盛り土に十字架型の墓標が立っており、それがキリストの墓であるということらしい。
「ははあ、ここなんだね」
墓の目の前にフィーナは立ってみる。想像以上にシンプルなお墓だと感じた。柵に囲まれた盛り土があり、十字架が立てられている。墓は2つあり、一つはキリストの墓、もう一つはキリストの弟の墓であるという。
「なんだか、えらくこじんまりとした場所だね。キリストさんってよく知らないけど、すごい人なの?」
「そうね。世界中で信仰されている、キリスト教の中心人物よ。キリストを神と同一視する考え方もあるわ」
「そんなすごい人のお墓が、こんな簡単な感じでいいの?」
「実際の所、これが本当にキリストの墓だと、新郷村の人も心の底から信じてるわけじゃないと思いますよ」
頬を掻きながら奈津は言う。
「えぇ? そうなの?」
「別にここの住民が、特別キリスト教信者が多いってわけでもないみたいですし」
「
「……この墓が作られるきっかけになった時期ときっかけは、実は大体はっきりと分かってるんですよ」
「え、そうなの?」
「話は、1935年までさかのぼります」
ゆっくりと歩きながら、奈津は丁寧に説明を始めた。
「かつては、新郷村は
「80年以上も前の話なんだね」
「その竹内が、村を訪れた際、ここがキリストの墓である──と「発見」したことが、事の発端と言えるでしょう」
「何でそんなこと言い出しちゃったの?」
「竹内は、日本という国の歴史を、とてもオリジナルに解釈する人であったようです」
言葉を選びながら奈津は言った。
「キリストの墓の発見の以前に、竹内はある文書を公開しています。日本の歴史が記されているとされる、『
「荒唐無稽って、どんな風に?」
「そうですねえ、挙げていくとキリがないんですが……竹内文書によると、人間の先祖は、宇宙から宇宙船に乗ってやって来たらしいですよ」
「そりゃブッ飛びファンタジーだァ」
「聞いてるとクラクラしてくるわね」
そうでしょう、と奈津は頷く。
「そんなわけで、竹内文書は、今では歴史史料というより、ファンタジーなオカルトドキュメントとして有名になっています。ただ、その文書の中に、出てくるんですよ。キリストは、実は海を渡って、青森の八戸にたどり着いたのだという文章が」
「ははあ」
「彼が発表した文書の内容と、いい感じに合致する場所が、きっとここだったんでしょう。そんなわけで、突如降って湧いた珍説が、今日まで定着することになったわけです」
ふん、と鼻を鳴らして楓が呟く。
「つまり、とんだインチキ話が、
「……まあ、シンプルに言えばそうかもしれません。ただ、別の表現をすることもできます」
奈津は歩みを止める。
「この村は、何だかんだでキリストの墓を大事にしているんですよ。年に1回、この村ではキリスト祭という行事をするんです。墓の周りで盆踊りを踊り、神社の神主さんが祈りをささげるんだとか」
「改めてクラクラしてくるわね」
「それは、この墓に眠る人を祭る、鎮魂祭でもあるようなんですよ。キリストの墓とされる盛り土は、昔からずっとあったそうです。誰かが埋葬された跡だというのは間違いないみたいです」
奈津はゆっくりと続けた。
「この村はキリスト教や新興宗教が盛んなわけではありません。古くからの伝統に、キリストの墓という独特なものが乗っかっているという感じでしょうか」
「ふうん」
「一つ言えることは、ここには祭られるべき誰かが眠っているということです。形はどうあれ、ここは村の大切な場所です」
フィーナにしてみれば、正直シュールな光景としか思えない。
だが、ここは青森だ。ありえないことなど一つもない。途方もないファンタジーめいた湧説がきっかけだとしても、キリストの墓は時を経て、村人の大事な場所となっている。
それを、ただのまがい物と断罪することは簡単だ。でも、それがいかに珍妙不可思議な場所であれ、誰かにとっての大事な場所を一方的に切って捨てるのは敬意に欠けるのかもしれない。
「大切な場所、か。そうなのかもね。めちゃくちゃ変な場所だけど」
「そうね。本当におかしい場所」
改めて見ても、珍妙な場所だ。だが不快な場所ではない。フィーナ達は気の済むまで、キリストの墓を見て回ることにするのだった。
◆◆◆
新郷村の南、森の中の山道。
1台のトラックが山道を走っていると、奇妙な集団にでくわした。
何百人もの人が、道を塞いでいる。皆、一様にうずくまっている。異様な光景だった。
「何だおい、何だこいつら」
トラックの運転手が車を降りる。「おい、邪魔だ!」と声をかけるが、誰も反応しない。
「どうなってんだ。轢き殺されてぇのか」
トラックの男が吐き捨てると、人の群れの中から一人の男が歩み出て来た。
顔色の悪い痩せた男だ。眼鏡をかけ、利発そうな青年だ。どこかの大学教授にも見える。だが今にも飛び出しそうなぎょろついた目が不気味だった。着ている真っ黒なコートが、その不気味さに拍車をかけていた。
「ああ、君、ちょっと聞きたいんだが」
「何だよ」
「新郷村ってのはこの先なのかな」
「そうだよ」
「そうか、それは良かった」
うずくまっていた人間がいっせいに立ち上がった。
皆、死人のように顔が青白かった。うつろな目で空中を眺めていた。血を流す者もいる。首がとれかかっている者もいる。明らかに尋常ではない雰囲気に、運転手の男は言葉を失った。
「みんな聞いたな! キリストの墓はこの先だ!!」
痩せた男が叫ぶと、人の群れは一斉に唸り声をあげた。
オォォォォォォン──という、地の底から湧き上がるような声。
これは、普通の人じゃない。死人の群れだ。死人が歩いている。トラックの男は直感でそう感じ取った。
ここにいたら死ぬ。そう感じた男は急いでトラックへ戻り、新郷村に向けて車を急発進させた。
「よし。休憩は終わりだ。進もうじゃないか。我がゾンビ達よ」
死人たちが行進を始めた。出来の悪いホラー映画のような光景だった。
ゾンビ。魔術により動かされている死人。その数、およそ500体。それが、新郷村に向けて歩き出したのだった。
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