第39話 コーヒーと恐山

 青森の冒険者ギルドに張り紙が貼られた。フェンリルについてだった。


 ピートが話した内容がそのまま書いてあった。何か情報を持っている者は受付まで、とも書いてある。ギルドも、フェンリルについて調査を始めたようだった。


 青森のどこかに眠っているであろう魔物。


 冒険者達の反応は様々だ。信じる者。信じない者。半信半疑の者。


 いつ来るのか、本当に目覚めるのかどうかすら、フィーナには推し量れない。


 ただ忘れてはいけないのは、青森は何でも起こるということだ。備えくらいはしておいてもいい。そんな風にフィーナは思うのだった。



◆◆◆



「というわけなんです。ベンジャミンさんは、フェンリルって魔物に心当たりはある?」

「ねぇよ、んなもん」


 フィーナ達は喫茶店「ジュリアス」を訪れていた。「ギルドさ行く前にコーヒーでも飲むべ」と楓が提案したのだ。


 フェンリルの話を振っても、ベンジャミンは首を傾げるばかりだ。


「まあ、そうよね。そんな簡単に情報がわかるわけないわ」

「だよねぇ……」

「なんか知らんが、悪いな。俺じゃ役に立てそうもねぇや」

「いえ、いいんです。気にしないでください」


 フィーナ達はベンジャミンが淹れたコーヒーを飲んだ。秋が深まりつつある青森は気温が下がり、風が冷たい。香ばしいコーヒーはフィーナ達の体をほどよく暖めてくれた。


 店が暇なのか、ベンジャミンが話しかけて来た。


「そっちはどうだい。調子の方は。仕事は順調か?」

「なかなか大変ですよ。この間なんて、掛け軸に封印されてる妖怪とやりあいました」

「妖怪! おいおい、なんか面白そうじゃねえか」

なんもちっとも面白くねぇよ! ただでねぇ尋常じゃない相手だったんだ!」


 直にやりあった楓は口をとがらせて抗議している。


「ふったち、っていう妖怪だったのよ。なんとか倒せたけどえらい目に遭ったわ」

「へえ、そっちも苦労してんだなァ」

「ほんとにもー……なんだって、青森には魔物だの妖怪だのが多いんだろ」


 フィーナが頬杖をついて愚痴を言うと、ベンジャミンが顎をさすって答えた。


「そうさな。一説によるとだが……青森には霊的な力が集中しやすいんだそうだ。だから異世界との融合度も高い。って、聞いたことあるぜ」

「霊的な力ぁ?」

「おうさ。ほれ、青森ってのは、霊場である恐山もある。禁断の果実であるリンゴも採れる。だから、異界との接点が多いってわけよ」

「流石にそこまで行くとオカルトですよ」


 はははは、とベンジャミンは笑った。彼自身、本気で言ってるわけではないようだ。


「恐山か……聞いたことある。北にある山の名前でしたっけ?」


 フィーナもその名を知ってはいる。


 青森に古くから存在する霊山。死者が集まる地。現在の青森においては、異世界との融合度があまりに高すぎて、立ち入り禁止区域になっている場所だ。


「俺も行ったことはねぇなぁ。なんでも、異世界との融合で火山活動がめちゃくちゃ活発になってるそうだ」

「なんか怖そうですねぇ」

「恐山で、スキルを使ったり、土地に刺激を与えると、マジで噴火の恐れがあるらしいぜ。だからあそこは立ち入り禁止になってんだ」

「へぇ……」


 この青森で立ち入り禁止となると、よほどの場所だろう。


「ねえ奈津、恐山って元々はどういう山だったの?」

「そうですね。ずっと昔から死者の魂が集まる場所として有名でしたよ。年に2回、恐山大祭という催しがあって、イタコと呼ばれる霊能力者が集まっていました」

「……異世界とつながる前からすごい場所だったんだ」


 それを聞くと、青森には霊的な力が集うというのも、単なる与太話では片付けられないような気がしてくる。


「んだべなぁ。青森の山ってのは、やっぱり特殊な場所なんだ。うんうん」

「何で楓が得意げなのよ」

「いやー。ぁも、お岩木さ住んでたはんでやからさ。霊の集まる山って親近感湧くじゃぁと思って」


 楓は感慨深そうだ。フィーナも何となくわかる気がした。


 岩木山。八甲田山。恐山。青森に存在する山は、どこか「異界」のような気配がある。


 自然の美しさと、自然の恐ろしさ。それが入り混じっている。昔の人が山を崇拝したのは、きっとそれを敏感に感じ取ったからなのだ。


「あ」


 真冬がスマホを見て声を上げた。


「ねえみんな、私たちに依頼が入ってるわよ」

「おっ、ほんと?」


 確認すると確かにその通りだった。新郷村、という場所から魔物退治の依頼が出されている。


「OK、じゃあ確認してみよう! ベンジャミンさん、ごちそうさまでした!」

「あいよ、また来いよな」


 フィーナも、あまり新郷村という地名にはなじみがなかった。まずは場所を確認するところからだ。


 コーヒーの香ばしさを口の中に残しつつ、フィーナ達は店を後にするのだった。

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