第35話 絵に封じられた怪物
「ブルー」の4人は弘前市のとある寺に来ていた。
寺の住職から、彼女たちに依頼があるというので、話を聞きに来たのである。
9月の終わり、秋の入り口である。木々は少しずつ紅葉を始め、景色が衣替えをする頃合いだった。
寺の入り口には住職が待っており、フィーナ達の到着に合わせて丁寧にお辞儀をした。
「ようこそ。どうぞ中へお入りください」
寺の入り口には、「久平寺」と書かれた立派な看板が掲げられていた。
フィーナ達は社務所に通される。住職は4人を椅子に座るようにすすめ、自己紹介を始めた。
「──私はこの寺の住職、
温和そうな中年の男性である。物腰は柔らかで、上品な雰囲気を身にまとっている。
「こちらこそよろしくお願いします。それで、依頼というのは?」
本題を切り出したのは真冬だ。住職は頷き、少し声のトーンを落とす。
「実は……あなた方に、ある「怪物」を退治してもらいたいのです」
「怪物? 魔物ですか?」
「そのようなものとお考えください。ただし、異世界との融合により出現したモノとは異なります。この寺に数百年前から伝わる、
「もののけ、ですか」
住職は「はい」と答え、話を続ける。
「説明するより、直接見た方が分かりやすいでしょう。こちらにお越しください」
住職は、寺の奥へとフィーナ達を導いた。
普通の人はとても入れないような、寺の倉庫。住職は4人をそこに案内した。真っ暗な倉庫はかすかにホコリの匂いがした。
「何なんずな? こった倉庫、何の関係あるんず?」
「お待ちを。今、明かりをつけましょう」
住職が電灯をつけると、そこにあるものが一目でわかるようになった。
それは、「絵」だった。
しかもただの絵ではない。どれもみな、幽霊が描かれている。恨めしそうな幽霊。微笑んでいる幽霊。様々な表情だ。
「こ、これって……」
「幽霊画、というものでございます。見ての通り、どれも幽霊が描かれております」
「どうしてこんなものがお寺にしまってあるのよ?」
真冬も流石に困惑し、きょろきょろ辺りを見回している。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。実は、弘前には、このように幽霊画を所蔵する寺がいくつかあるのです。我が寺も、そのうちの一つでして」
「何でそんなおっかないものを所蔵してるんですかぁ!」
「古くからこの辺りでは、例えば農家が、魔除けとして幽霊の絵を所持しておったのです。様々な事情から絵を手放すことになった人が、それを寺に預けたのがルーツでしょうな」
「それにしてもこんなにたくさんあると、なかなかに不気味ですね」
「そうですね。ただ幽霊画は不思議なもんで、「雨を降らせる力」があるという言い伝えもあります。寺の中には、雨乞いの儀式として、幽霊画を公開するところもあるとか」
「ふゥん。人間は面白いこと考えるもんだの」
楓はおどろおどろしい絵にも動じず、興味深そうに幽霊を見て回っている。
「ちなみにですな、だいぶ昔、弘前のとある幽霊画が、テレビ番組で特集されたことがありましてな。生放送中に、絵に描かれた幽霊の目が開いたと、大騒ぎになったことがあったとか」
「……それ、聞いたことあるわね」
真冬は神妙な顔で頷いている。フィーナは聞いたこともなかったが、事実なら恐ろしい話だ。雰囲気に気圧されそうになるのをこらえ、深呼吸する。ここは青森だ。これくらいのことは起こりうるのだと自分に言い聞かせる。
「それで、この幽霊画が、依頼となんの関係が?」
「はい。あちらをご覧ください」
住職が指さしたのは、倉庫の一番奥にある掛け軸だった。
そこには何も描かれていない。真っ白な縦長の掛け軸が壁にかけられているだけである。
「あれ、真っ白だ」
「あれにはもともと、ある怪物が描かれていたのです。──いや、描かれていたというのは正確ではありませんね」
「?」
「この掛け軸は、怪物を絵として封じこめるための特注品だったのですよ」
神妙な面持ちで、住職は真っ白な掛け軸を見つめる。
「今から400年ほど前、津軽の地であちこちを荒らしまわった怪物がおりました。人や牛馬の血を吸って殺してしまう怪物です。そこへ、陰陽道の心得をもつ者が現れ、怪物を絵に封印いたしました。その絵が、この寺に運び込まれ、これまで保管されてきました。ですが……」
住職は顔に手を当て、痛恨の表情で続けた。
「3日前、この掛け軸から怪物が逃げ出してしまったんです」
「えぇぇ! 一大事じゃないですかぁ!!」
大声を上げるフィーナ。すまなそうに住職は頭を下げた。
「まったく、私の監督不行き届きでございます。気が付いた時には掛け軸はこの状態で、奥にある窓が割れておりました。まんまと逃げられてしまったのです。そこで皆さまには、その怪物を討伐していただきたいのです」
「話は分かりました。それで、その怪物はどんな存在なんですか?」
「……実のところ、怪物についての詳しい情報がほとんど伝わっておらんのです。申し訳ないことですが」
「それじゃ探せませんよ!」
「分かっていることは……その怪物は、全身が真っ黒で、人語を理解し、羽根が生えていること。生き物の血を吸うということ。そして、「
フィーナは必死で脳内にイメージを描いてみる。真っ黒で血を吸うとなると、コウモリみたいなモンスターだろうか。言葉がわかるとなると、それなりに知性も持っていそうだ。どうしたもんかな──腕を組んでうんうんと考え込む。
「本当に情報が少ないですね。大変な依頼だわ……」
頭を掻きながら真冬がつぶやく。全くもってフィーナも同感だ。
「でも、分かりました。やるだけやってみます。怪物が人を襲いだしたら大変ですしね。……いいわよね、みんな?」
真冬の問いに、他の3人は迷いなく首肯する。住職がほっと息を吐くのが分かった。
「助かります。どうかよろしくお願いいたします。冒険者の皆さん」
◆◆◆
「とは言ったものの、これからどうしようね」
寺を後にしたフィーナは困ったように言う。奈津は顎に手を当てて答えた。
「どこに行ったか分からない怪物を調べる……簡単な作業ではありませんね。ですが、やりようはあるでしょう」
「どうするの?」
「地道に聞き込みを行うしかないでしょう」
奈津は、冒険者ギルドに電話し、「怪物」の情報を伝えた。それらしきモノの目撃情報があったら真っ先に伝えてほしいと頼み込んだ。
それから弘前市街地に移動し、4人で聞き込みを開始した。狙い目は冒険者が利用しそうな武器屋や道具屋などだ。手分けをして徹底的に怪物の情報を集めた。
だが──
「ダメだぁぁ。誰もそんな怪物、知らないってさ」
「こっちも同じよ。うまくいかないわね」
午後4時。弘前市の喫茶店にて、フィーナ達は休憩を兼ねた情報交換をしていた。だが、状況は残念ながら進展せず。誰一人実りある情報は得られなかった。
「厳しいですね。誰かひとりくらい、目撃者がいてもおかしくないと思ったんですが」
「ま……しょうがねえべさ。悩んでても解決しねぇし、とりあえずアップルパイでも食うべ」
楓はにやっと笑い、注文したアップルパイにかぶりついた。
弘前はりんごを多く生産する街だけあり、いたるところにアップルパイで有名な店がある。アップルパイの店のガイドブックがあるほどだ。この喫茶店もその店の一つだった。
「楓、貴方はいいわね。のんきでいられるのが羨ましいわ」
ため息をつき、嫌みっぽく真冬が言うが、鼻を鳴らして楓が言い返した。
「フフン。物事がうまくいがねぇからって、下を向いてりゃ解決
事件が進展していないのに、堂々とパイをほおばる楓の姿に、フィーナは笑ってしまう。でもその通りだとも思った。しょぼくれていても情報は集まらない。
「そうだね……あたしらもとりあえずパイ食べよっか。諦めずに頑張れば、きっと情報と巡り合えるよ!」
「ですね」
「分かったわよ。今は休憩ね」
アップルパイは「紅玉」というリンゴを使っている。そのため少し酸味が強い。それが、表面に塗られたハチミツと相まって、絶妙なハーモニーを生んでいた。
「おいしいねぇコレ」
「むふふ。人間って、
パイを食べ終える頃になって、フィーナのスマホに着信が入った。冒険者ギルドからである。
「もしもし」
『こちら冒険者ギルドです。先ほど杉山奈津さんからお話のあった「怪物」についてですが、目撃情報が入りました』
「えっ! どこですか、どこですか!?」
鼻息を荒くし、フィーナが聞き返す。
『はい。青森県南西、白神山地の入り口付近です』
白神山地。
そこは、ブナの原生林に覆われた広大な山岳地帯。今ではダンジョンと一体化し、動植物と魔物とが共存する、神秘の森である。
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