第33話 「竜飛岬」 依頼とヨルムンガンド仮説
フィーナ達はピートの家のリビングへ通された。ふかふかの広いソファには余裕で4人が座れる。清潔に整えられたテーブルや椅子は、彼の丁寧な暮らしが見て取れた。
「依頼というのはシンプルだ。こいつの収穫を手伝ってほしい」
ピートは1枚の写真を差し出す。そこには青い魔物が写されていた。
一見するとただの植物にしか見えない。だが球根の部分には人間の顔のようなものが浮き上がり、手足のようなものが生えている。植物型の魔物、マンドラゴラだった。
特徴的なのは、そのマンドラゴラの全身が真っ青であることだ。その色は深い海を思わせる。
「マンドラゴラ、ですか。しかもこれはずいぶんと青いんですね」
「そうだ。これは珍種でね。ブルーマンドラゴラという。うちの近くにマンドラゴラ畑を作っていてるんだ」
「マンドラゴラ畑なんてあるんですね……」
「竜飛の強い風は、マンドラゴラの栽培に向いているのさ。今が収穫の時期なんだが、私も年を取った。一人で収穫するのはキツい」
「マンドラゴラというと、薬とかの原料になる魔物ですよね」
「そうだ。特に青いのはいい薬になる」
実際、マンドラゴラは様々な薬の原料に使われる。栄養ドリンクや風邪薬、消毒液など多岐にわたる。マンドラゴラにも細かい種類があり、それにより薬効が異なるのだ。
「なるほど。承りました。ブルーマンドラゴラ、収穫しましょう!!」
「一応言っておくが、マンドラゴラは死んだ状態が望ましい。そちらの方が処理が楽なんだ」
「了解しました! ぶちのめしてきます!」
魔物を倒し、その死体を利用することは珍しくない。魔物の死体は、薬や武器や生活用品の材料になるからだ。魔物の骨で作られた机や椅子などというものもホームセンターでは売られている。
依頼についての話がひと段落したところで、真冬がおずおずと手を挙げた。
「あの、ピートさん。実はお伺いしたいことがあるのですが」
「何かね」
「ピートさんは、『魔物見聞録』という本をお書きになった方ではありませんか?」
すると、ピートが目を細めて微笑んだ。
「おや、ずいぶん懐かしい名前だね。その通りだ、私はその本の作者だ」
「やっぱり!!」
思わずフィーナは大声を上げる。ピートが驚くのも構わず、その手を取って一方的にお礼の言葉を浴びせた。
「ありがとうございます! 助かりました! ピートさんは命の恩人です!!」
「待ちたまえ。何の話かね」
「落ち着きなさいよ、フィーナ。ピートさんが困ってるでしょう」
「あ、そうか、すみません」
奈津はかいつまんで事情を説明した。ヨルムンガンドが現れたこと。その倒し方が書かれた本のおかげで討伐に成功したこと。それを聞いて、ピートは嬉しそうに笑った。
「そうか、そうか。そんなことがあったのか。いやぁ、私の本で突破口が開けるなんて、何だか不思議な気分になるね」
「あれは、作者……ピートさんの体験談が元になっているとお見受けしました。ピートさんは冒険者だったのですか?」
「そうだ。40年前に冒険者を始めた。この世界の融合が起こる前から、冒険者として頑張って来た。と言ってもそれは昔の話さ。もう私も年でね。体がとても追いつかん。だから冒険者は引退して、竜飛で静かに暮らしているのさ」
「へぇぇ。それだば、
楓は目を輝かせた。ピートは手を振って「いやいや」と返す。
「大げさだな。私はただの老人さ。それに楓さん、君は弘前に住んでいた鬼なのだろう? 年齢的に言えば、君の方が先輩にあたるのではないかね」
「あははは。確かにそんだ。
「謙虚な鬼だね、君は」
すると、奈津がピートに尋ねる。
「ピートさん、お尋ねしてもいいでしょうか」
「何かね?」
「あの本は、体験談として書かれています。ということは、ピートさんはヨルムンガンドを倒したことがあるんですよね」
「うむ。若い頃だがね」
「教えてください。ヨルムンガンドは……討伐した後、消えてなくなってしまったんです。ピートさんの時もそうだったのですか?」
「そうだな。私の時もそうだった。ヨルムンガンドは倒した後、完全に消滅してしまう」
ヒゲをさすりながらピートは答える。
「一体なぜなのでしょう? 普通の魔物とは明らかに違う特徴です」
「そうだな。私にもきちんとした理由は分からない」
「あ、でも、あの本には、ヨルムンガンドについての考察が書かれていたのではないですか? 私たちが読んだものは、ページが破れていて判読できませんでしたけど」
真冬達が読んだ『魔物見聞録』は、倒し方の後の部分が破れていた。ピートの見解が恐らく書かれているはずのページだ。
考察、と聞いてピートの眼差しが鋭くなった。
「……ああ。ヨルムンガンドについて、確かに考察を書いた覚えがある。私の考えでよければお話しよう」
「ぜひお願いします!」
ピートの表情が引き締まった。まるで冒険者そのものだ。引退してもなお、ピートの魂には魔物と戦った記憶が残っているのだ。
「ヨルムンガンドは、普通の魔物とは違う。体の中に通路があり、弱点である心臓にたどり着ける構造になっている。さらに、倒すと即座に消滅する。私もいろいろと考えたよ。どうしてこんな不思議な特徴を備えているのか」
「はい。死体も残らないなんて不可解です」
「これはあくまで私の推理だが──ヨルムンガンドは、何者かによって「造られた」魔物なのかもしれない」
「造られた?!」
頷くピート。フィーナは言葉の意味が分からず、考え込んでしまう。
「魔物が造られるなんて……そんなことが……あるんですか?」
「ありうると思う」
ピートは立ち上がり、本棚の奥から古い本を持ち出した。
「これは「あちら側」で描かれた古い書物だ。民話や伝説が記してある。ここを見てくれ」
真ん中あたりのページには、古めかしい象形文字がびっしり書き込まれ、大きな神殿の絵が描かれている。
「このページは、エセルティーンの僻地の伝説を記したものだ」
ピートは象形文字を指で追いながら、ゆっくりと音読する。
「“昔々の、そのまたずっと昔。この地にはとても優れた魔道王国が栄えた。その卓越した技術は、魔物の研究にあてられ、とうとう彼らは人工的に魔物を造り上げるほどにまでなった。しかし国が滅び、あるじを失った魔物達は、だんだんと野生に帰っていった”──そう書いてある」
「よく読めますね。あたしなんて全然読めないのに……」
「老後の趣味というやつだ。すべて解読はできていない」
「それにしても「人工的な魔物」なんて……本当なんですか?! 魔物を作り出すなんて、とても信じられない」
真冬は息を荒くしている。ただの野生モンスターだとばかり思われた「魔物」の一部は、人造生命体ということになるのだ。
ピートは「詳しいことは分からん」と本を閉じた。
「この本に書かれていることが本当か、証明はできんのだ。ただの伝説かもしれん。だが、そうと考えればつじつまは合う。ヨルムンガンドは古代文明によって造られた。だから、いざというときに機能停止できるよう、弱点につながる道があらかじめ造られている。死んだ後に消滅するのは、役目を果たした後に自壊したほうが処理が楽だからだ。……私はそう考えた」
フィーナは考え込む。興味深い推理だった。もしそれが本当なら、世界中の魔物研究家が目を引ん剝くほどの学説になるだろう。
「しかし……ヨルムンガンドなどという危険な魔物を作った理由は何なんでしょう?」
奈津が尋ねた。ピートは一呼吸置いて答える。
「いろいろと考えられるが、そうだな……古代文明にとって、都合の悪いモノを消滅させる、「処理装置」というのはどうだろう」
「処理装置、ですか」
「あくまで私の推論だがね。例えば、ゴミや瓦礫を食べ、それを無害なフンに変換する魔物だと考えればどうかな」
「な、なるほど……! 確かにヨルムンガンドは何でもかんでも食うヤツでした」
「すごい。これが証明できたら、世界を揺るがす大発見よ」
フィーナは何だか心臓の鼓動が高まってきた。さっきまでは考えもつかなかったことだ。自分たちは今、ヨルムンガンドの正体に迫りかけているのかもしれない。
だがピートは「まぁまぁ落ち着きたまえ」とフィーナ達を制する。
「これは伝説に過ぎない。詳しいことを確かめるすべは無いのだ。あくまで可能性、ということにしておいてくれ」
「えー。つまんないです」
「そういうな、フィーナ。いつの日か、詳しいことがわかる日が来るかもしれん。古代のロマンはそれまでとっておくといい」
にっと笑って、ピートは言ったのだった。
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