第25話 「ねぶた前夜」 思いがけぬ家族
8月1日。
冒険者ギルドのある建物、アスパムの前にフィーナは来ていた。時刻は16時半。西日がまぶしく、むわりとした熱気が辺りを包んでいる。
入り口には、既に他の3人も集まっていた。
「あれ、早いね?」
「あら。そっちこそ」
「あたしはホラ、なんか落ち着かなくってさ。早く来ちゃった」
「偶然ですね。僕たちもみんな同じなんですよ。家でじっとしていられなくて、早速来てしまいました」
みんな考えることは同じだ。フィーナは苦笑する。
どこからか、風に乗って、ねぶた囃子が聞こえてくる。ねぶたの運行の際に演奏させるメロディだ。
「早速聞こえるね、ねぶた囃子。みんな気が早いね」
「そういうもんよ。少し前から、青森はねぶたの準備が始まるのよ」
時間まではまだ早い。それまで、冷房の効いたアスパムの中で待とうということになり、4人は建物に入った。
「暑い夏になりそうだね」
「まったくです。ただ、晴れてるのはよかったですね。雨のねぶたはいまいち盛り上がる感じしませんし」
「え、ねぶたって雨の時もやるの!?」
「多少の雨ならやりますよ。ねぶたにビニールをかぶせるんです。台風直撃レベルとなるとどうなるかは分かりませんでけど」
「すげえなあ」
さすがは青森の火祭り、気合入ってんなぁ──とフィーナは思う。
その時、真冬が「あ」と小さく声を上げた。
「どしたの? 真冬」
真冬は一点を見つめたまま動かない。その視線の先には、中年の男性が立っている。
「ん? 誰?」
「……父さん」
「え?!」
父さん、と呼ばれた人物が歩み寄ってくる。表情は変わらない。
「真冬……元気か」
真冬は何も答えない。おそらく、二人は親子なのだろうということは分かる。だが、親子の再会にしてはとても淡泊だ。
「真冬。お前、まだ冒険者なぞやっているのか。また亜人なんかと関わっているのか。もうやめろ。亜人は、我々と違う人種なんだ」
言って、真冬の父らしき男はフィーナや楓を見つめる。軽蔑に満ちた目だった。
ああ、こういう人たまにいるんだよな──と、フィーナは残念な気持ちになる。
他種族を見下す人間。
自分の種族こそが至高だと疑わない人間。たまにいる。どこにでもいるのだ。
「やめて、父さん。この人たちは私の仲間なんだから」
「仲間だと? 悪いことは言わない、もうやめておけ。
「やめてって言ってるでしょ!!」
真冬は立ち上がった。怒りに満ちた声だった。
「この人たちは……私の仲間なの。大事な友達なの。それを悪く言うなんて、絶対に許せない」
真冬の父は黙り込み、やがて小さくため息をついた。
「……わかった。好きにしろ」
そう言い残して、真冬の父は去っていった。
◆◆◆
「今のが、真冬さんのお父様ですか」
「……ええ。嫌なとこ見せちゃったわね」
4人は自販機で飲み物を買った。お茶を飲み、真冬は苦笑する。
「父さんは……見た通りの人よ。エルフとか、ドワーフを、亜人なんて呼んで見下してる。昔からずっとああなの」
「嫌な親だの」
「あはは、本当にそうね。本当にそう思う。血がつながった家族だけど……正直、嫌いよ。他の種族を見下してるから。だから私は家を飛び出して、冒険者になったってわけよ」
「お母さんはいないの?」
「母さんは、私が小さい頃に父さんと別れたらしくてね。だからいないわ」
「なんだか残念だね。ああいう言い方されると」
フィーナはミネラルウォーターを一口飲み、つぶやく。
「真冬のお父さんはさ、エルフとかに嫌な目に合わされたのかな?」
「そんなんじゃないわ。一部のテレビと一部の本と一部のネットの情報に影響されてんのよ」
ぐびぐびとお茶を一気に飲み干し、真冬は続けた。
「ネットを漁ればいくらでも出てくるわよ。エルフの悪口。ドワーフの悪口。獣人の悪口。特定の種族を蔑むネットスラングがね」
「そ、そうなんだ……」
世界は、突然異世界と融合し、いろいろな種族が前触れなくやってきた。
それについていけない人もいる。融合から10年たった今でも、変わってしまった世界を呪ったり、自分と異なる存在を蔑む人は一定数いる。真冬の父も、それにあたるのだろう。
「……見苦しいところを見せたわね。氷使いがヒートアップしちゃ、おしまいよね」
目を伏せ、真冬は空になったペットボトルをゴミ箱に入れる。そして時計を見て、はっと眉を上げた。
「おっと、そろそろ時間じゃない? 行きましょ、みんな」
真冬の表情はいつも通りに戻っていた。フィーナはなんとか励ましの言葉をかけようとするが、上手く言葉が出てこない。それは楓も奈津も同じのようだった。
アスパムの外に出ると、冒険者たちが勢ぞろいしていた。50人ほどはいるだろうか。ギルド職員が前に歩み出て、拡声器で呼びかける。
「冒険者のみなさーん、準備はよろしいでしょうかー。青森
職員が一人一人に腕章を配る。軽い金属でできた銀色の腕章だ。
「何これ?」
「魔物を倒したら反応するカウンターよ。倒した魔物の強さや数が簡単にわかるの。それに応じてもらえる報酬も変わるわ。だから、参加するフリをしてサボったりすればすぐわかるようになってるわけ」
あたりを見回す。様々な人種の冒険者がそろっている。腕に覚えのありそうな者ばかりだ。
離れたところには、真冬の父親も立っていた。
「……フン、父さんもいるわね」
「あれっ、
「父さんは、冒険者向けの魔道具の製造をしているのよ。攻撃用魔道具の実演でここに来てるんじゃないかしら」
鼻を鳴らし、真冬はそっぽを向く。
「別にいいわ。私は私のやるべきことをやるだけだもの」
その時、一人の男がフィーナ達に歩み寄ってきた。見ると、喫茶店のマスター・ベンジャミンである。
「よう、お前ら。来てたのか」
「あ、ベンジャミンさん! 貴方も来てたんですか!」
「まァな。どうせ今日は喫茶店には誰も来ねぇしよ。せっかくだから参加してやろうかと思ってな。聞いたぜ、十和田湖の事件、立派に解決したんだって? やるなァ、お前たち」
「いやぁー、えへへ」
喫茶店で見たエプロン姿ではなく、長袖のワイシャツに紺色のスラックスといういで立ちだ。がっちりとした体格がよくわかる。
「奈津、元気にやってたか? 風邪とか引いてねぇだろうな」
「元気ですよ。見ての通り、五体満足です」
「わはは、そりゃよかった。ケガしねぇように気をつけろよ」
「ベンジャミンこそ、元気なんずな?」
「俺か? フハハハ、俺ぁ元気だけが取り柄よ。元気に喫茶店経営してるぜ」
まるで親戚のおじさんのような軽い口ぶりである。このベンジャミンの、適当ながらもどっしりとした雰囲気は、フィーナは嫌いではなかった。
すると、風がやんだ。空気が変わった。
冒険者たちは、それを敏感に感じ取った。これは──殺気だ。
「みなさん、これから大量の魔物がやってきます。これをすべて討伐してください!」
ギルド職員が緊張に満ちた声で言う。
魔物達が集まるのは、青森市の海側繁華街一帯だ。アスパムの目の前もそのエリアに含まれる。
ざわり、という気配と共に、道路の向こうから、何かが突進してくるのが見えた。
獣型の魔物の群れだ。狼を大型にしたようなモノ達が、徒党をなしてやってくる。その数はざっと100以上はいるだろう。
「来た」
「来たなァ」
「今年は獣型がメインなのかね」
「よぉーしやったりますか」
「全員注意を怠るなよッ」
冒険者達が口々に呟きながら、臨戦態勢を取る。
フィーナは深呼吸し、真冬に、楓に、奈津に向けて声を張った。
「行くよみんな! ねぶた祭の前哨戦だ!」
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