第24話 夏の百鬼夜行


 青森の地の深くには、一匹の「蛇」と一匹の「獣」が眠っている。


 それらは終末を導くために存在するモノだ。


 それらはまだ目覚めないが、まどろみはもうすぐ終わろうとしている。


 古代に生み出され、忘れ去られたそれら。


 青森を破壊し、蹂躙する力を持つ「蛇」と「獣」は、夢を見ながら、目覚めの時を待っている。



◆◆◆



 7月に入り、青森もすっかり夏めいてきた。外を歩くだけで汗ばむようになり、アイスが恋しい季節がやってきた。


 みんみんと、街中にセミの声が響き渡っている。北国である青森も、暑い時は暑い。


 短い夏が、青森を熱していた。


「いやー、あっついなー。すっかり夏だね」


 フィーナはいつも通り冒険者ギルドへやってくる。建物は冷房が効いており、フィーナはほっとする。


 十和田湖の一件から、フィーナ達「ブルー」はギルドの中でも知られる存在になっていた。フィーナ達に是非解決してもらいたい、とギルド側から持ち掛けられることも出て来た。


「遅いわよ、リーダー。もうみんな揃ってるんだから」

「あー、ごめんごめん。遅れました~」


 入口にはすでに3人が勢ぞろいしていた。


「フィーナさん。今ちょうど話していたところなんですが……私たち、少し大きい仕事を引き受けてみてもいいのではないかと思うんです」

「ほう? というと?」

「フィーナも聞いたことあるでしょ。この季節、魔物絡みで大きいイベントがあるわ」

「え? ……あー、もしかしてアレ?」

「そう、アレよ」


 フィーナも聞いたことはある。冒険者の間では有名な話だ。


「青森百鬼夜行パンデモニウム、だよね」


 青森百鬼夜行パンデモニウム


 それは、この季節に青森市街で発生する、魔物の大量発生のことである。


 青森の各地から、市街地に向けて魔物が一斉にやってくる。冒険者たちはそれを討伐するのだ。危険なイベントでもあるため、「初心者参加禁止」とギルドがわざわざ名言している。


「私たちも、このメンバーで慣れてきました。戦力も申し分ない。報酬も結構良いですし、参加してもいいのではないかと思います」

「そうだね……うん、いいかもしれない。私の爆破魔法の腕の見せ所ってやつだね!」


 フィーナは乗り気だ。一人だったころは、「こんな危険なコトやってられん」と参加はしていなかったが、この4人なら頑張れるという自信がある。


「了解です。では、ギルドへ参加申し込みをしてまいります」


 奈津は早速カウンターへ手続きを取りにいった。


「ぱんでもにうむ……ねぇ。なして、そんなことが起こるんだべな?」


 楓が首をかしげる。それには真冬が答えた。


「一説によると、ねぶた祭が原因だそうよ」

「ねぶた? 確か、あの騒がしい祭りだっけ?」

「言い方が悪いわね。楽しい祭りと言いなさい」

「ごめんごめん。……で、何でそのお祭りが関係あるの?」


 壁に背を預け、真冬は話を続ける。


「ねぶた祭は、全国から人が集まる青森の一大イベントだからね。その熱気、その熱狂に影響されて、魔物が活発になるんじゃないかとされてるの」

「へぇ……ねぶたってのは、青森市だけでやってるの?」

「いえ、ほかの街でもやってるわよ。有名どころでいうと、この間行った弘前。そして五所川原。青森県の西側──津軽の文化ね。それぞれ、地域によって祭の掛け声なんかが微妙に違うのよ。ねぶたの時期になると、弘前でも五所川原でも魔物の動きが活発になるの」

「魔物が活発になるってのは、わかる気ィするなぁ。ねぶたはぁも知ってらよ。山に住んでた時でも、楽しそうな雰囲気は伝わってきてたはんで。魔物もテンション上がってらんだびょんるんだと思うじゃわめぐワクワクするよなぁ」

「へぇー」

「ちなみに、弘前とか五所川原では、「ねぶた」じゃなく「ねぷた」って呼ぶから気を付けて」


 ねぶた祭。フィーナも存在そのものは知っている。


 ねぶたと呼ばれる数メートルにもおよぶ巨大な人形を、賑やかな囃子や太鼓に合わせて、街中引き回す。テレビで見たことくらいしかなかったが、華やかで、煌びやかな祭りだという印象がある。


 そこへ、カウンターから奈津が戻ってくる。


「登録を終えてきました!」

「ご苦労様、奈津」

「青森百鬼夜行パンデモニウムが発生するのは、例年、8月1日です。その日の午後4時半に、このギルドがあるアスパム前に集合だそうです」

「おっけー。みんな、頑張ろうね!」


 津軽の火祭り、ねぶた。それに合わせ、魔物達が集まってくる。青森の最も暑い夏が幕を開けようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る