第26話 「ねぶた前夜」 深淵蛇ヨルムンガンド
グオオオオオオン、グオオオオオオン、オオオオオオオン。獣の叫びが辺りに響き渡る。
「来たぞ!」
冒険者たちは思い思いの武器とスキルで、獣たちを屠る。
「おい、横からも来たぞっ!」
脇道から別動隊のように獣の群れが迫りくる。30、40匹ほどはいるだろうか。
「あれはガルムね。大きくなった狼と考えればいいわ。素早いし、数が多いから気を付けて。近づかれたら、噛みつかれるわよ」
真冬が早口で説明する。「OK」と小さく返し、フィーナは脇道からやってきたガルムの方を向く。
「なら、近づく前に吹っ飛ばすさ! ブラスト──ファイアワーク!!」
広範囲爆撃が絨毯のように広がる。脇道をやってきたガルムは残らず吹っ飛び、黒焦げの死体と化した。
周囲の冒険者からどよめきが起こる。
「うおぉ、やべぇな!」
「これが爆破魔法ってやつか、やっぱすげぇんだな」
「フィーナだっけか、サンキュー! 助かった!」
「どういたしましてー!!」
だが、それでは終わらない。ばさりばさりという音と共に頭上を影が横切る。見ると、鳥型の魔物が無数に飛来し、暴風を巻き起こし始めた。
「わいぃ、何なんずや?!」
「フレスベルグ! ワシの魔物よ! さらわれないように気を付けて!」
「さらわれる前に飛ばされちゃうよぉ!」
飛ばされまいと必死に踏ん張るフィーナだが、バランスを崩して転倒してしまう。そのまま風に符吹かれてゴロゴロ転がっていく。
「ああもう、世話の焼ける!」
真冬はフィーナの襟をつかんで強引に引き戻す。
「ぐええ、もうちょっと優しく助けて!」
「つべこべ言わない! このドジ!」
「あはは、でも助かった! ありがと!」
「いいからとっとと爆破魔法唱えてなさい! まだまだ来るわよ!」
フレスベルグが羽ばたきで巻き起こす風はちょっとした台風のようだ。フィーナは立っているのがやっとだ。
「ようし! こういうのは
楓はにやっと笑うと、風など物ともせずに跳躍した。たまたま近くまで降りて来ていたフレスベルグの脳天を、拳で一発殴打した。
「グギュウウッ」
苦しそうな声を上げ、そのフレスベルグは力なく墜落した。頭がぐしゃりと潰れている。腕力だけでフレスベルグをノックアウトして倒したのだ。
「いいですね、楓さん! 僕も続きます!」
奈津は手裏剣を投擲し、正確にフレスベルグの頭部に命中させる、絶命したフレスベルグがバサバサと地面に落ちていく。
「ホークアイ」の正確無比な動体視力による、まさしく神業だ。
「うひょー、奈津すごいね!」
「フレスベルグはこっちに任せてください。フィーナさんと真冬さんは地上に集中を」
「オッケーオッケー!」
冒険者たちは、皆全力で魔物に立ち向かっていた。
剣を使う者。拳を使うもの。スキルを使う者。戦う理由は様々だが、その思いはきっと一致していた。
こいつらを倒しきる。仕事をやり遂げる。その一心である。
日は傾き、街は少しずつ夕暮れに包まれていく。大挙してやってきた魔物の群れは、少しずつ人間に押されていった。
「いけそうだね! 勝てるよ!」
「そうね。この分なら夜になる前に片付きそうね」
フィーナ達だけではない。冒険者たちの間に、ほんのわずかに弛緩した雰囲気が流れた。
これならいけるぞ──と。
その時、地の底から響くような気味の悪い音が聞こえ始めた。
「な、なに?! 地震!?」
地震ではない。様子がおかしい。何かが這いずるような音だ。徐々にその音は大きくなっていく。
「地震じゃない……?」
「皆さん、気を付けてくださいっ!!」
奈津が叫んだ。顔面蒼白だ。
「どうしたの、奈津?!」
「見えます。向こうからとびきり大きな魔物がやってきます。大物です!!」
ホークアイの能力によるものだろう。ズズズ、ズズズという音は大きくなっていく。
ほんのわずかな静寂の後、それは姿を現した。
めりめりと、地面を割って、巨大な蛇が姿を現した。
一件の家ほどもある口。目はなかった。色は白く、道路を全て占拠してしまうくらい巨大であった。首元には、五芒星のようなアザがあった。
「ヨルムンガンド……」
冒険者の誰かが呟いた。
「何? ヨルムンガンドって」
「……
真冬の顔にも冷や汗が浮かんでいる。
「な、何でこんなとこにそんなヤバいのがいんのさ?!」
「分からないわよ! 一つ言えるのは、アレはとびきりヤバい魔物だってことよ!」
周囲の冒険者も一瞬で危険性を理解したようで、遠隔攻撃ができる者は一斉にヨルムンガンドへ向けて攻撃を仕掛ける。
だが、ヨルムンガンドには全く効かない。怯みも怯えもせず、ヨルムンガンドは悠々と近寄ってくる。巨体がのたうつたび、ぞるぞるという這いずりの音がして冒険者達の体を震わせる。
「効いてねぇでばな! どうなっちゅうんずや?!」
「……表皮が恐ろしく硬いようです。まったくダメージが入っていません」
奈津の額には冷や汗が浮かんでいる。
「どれだけ攻撃しても効かないってこと? 何か手立ては?」
「分かりません。ホークアイで観察しているんですが、弱点になりそうなものは何も」
気づけば、魔物の動きも止まっている。皆、震えている。明らかにヨルムンガンドに怯えていた。
「何なんだありゃ、どうすりゃいいんだ」
「知るかよ! くそ、攻撃を続けろっ!」
冒険者たちも明らかにうろたえていた。必死に攻撃を繰り返すが、効く気配はない。
すると、ヨルムンガンドが鎌首をもたげた。狙いを定めるような動きだった。
ぞわり、とフィーナの体に鳥肌が立った。
「は、離れてっ!! みんな!!」
気づけば、そう叫んでいた。直感、あるいは本能で、危険を察知していた。
次の瞬間、ヨルムンガンドは大きく、想像もできないほど大きく口を開け、俊敏な動きで、魔物ごと、地面ごと、冒険者たちを丸呑みにした。
「う、うわァァァァッ!!」
地面は、スプーンですくいとったように抉れていた。その範囲にいた者は全員、生きたまま呑まれてしまった。
奈津と楓、そして真冬はギリギリのところで被害を免れた。だが、避けられなかった者が一人いた。
「フィ……フィーナ……」
真冬達は目の前で見ていた。フィーナが、立っていた地面ごと、一瞬でヨルムンガンドに呑まれるところを。
「フィーナ! フィーナーーーーーッ!!」
真冬は全身を震わせながら叫んだ。何かの間違いであってほしいと願って叫んだ。だがフィーナの返事はない。それが、さっきの光景が真実であるという何よりの証拠だった。
「うわあああああああーーーーっ!!」
「ヤベェぞっ!! みんな離れろっ!!」
冒険者達は一斉にその場から距離を取る。ヨルムンガンドは満足したとでも言いたげに、「ふしゅう」と息を吐き、後退していった。
気づけば、魔物の群れも離散していた。ヨルムンガンドに恐れをなし、逃げ去ったのだ。
「そんな。フィーナ……フィーナが……」
真冬はがっくりと膝を着く。全身から力が抜けていく。突然に、理不尽に、仲間を失ってしまった。そうとしか思えずに、真冬は立ち上がれなくなっていた。
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