第22話 「十和田湖」 ブルーミング・ヴィラン

 奈津が指し示した結界装置の場所へたどり着くと、信じられない光景が広がっていた。


 トロールたちの亡骸。


 倒れ伏し、苦しそうに息をつく奈津と楓。


 そして──そんな二人を見下ろす、ククリ・サナト。


「お前は……!!」


 フィーナの体の芯に、熱が迸る。


 奈津と楓は、結界装置の破壊には成功したのだ。だがそこに、ククリ・サナトが現れた。応戦したが、返り討ちにあってしまったのだろう。


「こいつじゃな。こいつがククリじゃな」

「ああ。こいつだ。間違いない」


 フィーナにとって、これは忘れられない顔だ。


「これは困りますねェ。結界装置をブチ壊された挙句、ラドンまで殺されてしまうなんて。まあ、いいですけどね。思い通りにいかないものが人生ですし。計画を狂わされるのもまた楽しいものですから」


 にっと歯を見せてククリは笑う。自分の目論見が失敗したことすらも楽しんでいる様子だ。


「私たちのこと、忘れたとは言わせないわよ」

「ん? ああ、顔は覚えてますよ。少し前に仕事を頼んだヘボ冒険者でしょう。ふむ、そっちのエルフの女性の方は、初めて会った時に比べて魔法が上達してますねぇ。なるほど、修練を積んで私に復讐に来たってわけですか」

「復讐に来たのもあるけど、それだけじゃない。こんなことを、二度とできないようにするために来た」

「へえ……」


 値踏みするように、ククリはフィーナと真冬と青龍を見つめる。


「何が目的なの。ククリ・サナト」


 低い声でフィーナは尋ねる。それに対し、ククリは悠然とした笑みをたたえて答えた。


「まあ、私の行動原理は、私の趣味ですね」

「趣味?」

「誰しもがいろんな欲望ってやつを持ってますよね。旨いものを食べたい。友達を増やしたい。金持ちになりたい。私の場合は、コレクション欲なんです。強い魔物を、強い武器を、手中におさめたい。我が物にしたい。だから、奪う。奪って自分のモノにする。それが私です」


 演説のようにククリは言う。


 一切悪びれることなく、自慢の玩具を自慢するかのような笑顔だった。


「……では。なぜドラゴンの殺し合いなんてやらせたんじゃ」

「ん?」

「コレクターと言うなら、わざわざ殺し合いやら結界やら、やる必要はないはずじゃろう」


 青龍の問いに、ああと軽く頷いてククリは笑う。


「だってつまんないじゃないですか。ただ集めるだけだと」

「な……」

「どうせ集めるなら、面白いものを集めたい。ただのドラゴンじゃダメだ、すぐに飽きる。ドラゴン共を食らい合わせ、最強のドラゴンを作り上げる。それくらいしないとつまらない。ゲームと同じですよ。最強のキャラを作った方が面白いに決まってるでしょ」


 ウソでも冗談でもない、本気の響きだった。これがククリの本音なのだ。


「……ククリ・サナト。やっぱりお前はダメだ。お前は許せない。お前のその趣味のために、あたしの大事なものが踏みにじられたのが許せない」

「ククリ・サナト。貴方は報いを受けるべき人間よ。跪きなさい。今すぐに」


 フィーナと真冬の心に、怒りの炎が灯った。


「ブラスト・ボルケーノ!!」

「フローズン・ジェネラルフロスト!!」


 広範囲術式。絶対に逃がさないという強い意思を魔法に乗せる。爆破の赤と、氷の青が混じりあう。


 が、ククリ・サナトには傷ひとつついてはいなかった。


「危ない危ない。青森の女性は油断ならないですねェ」


 ククリの周囲には、カードのようなものが浮遊している。


「攻撃を防がれてる?!」


 カード状の物体はククリの周囲を浮遊し、そこから一斉に攻撃が放たれた。


 それはまさに濁流のような攻撃だった。雷。炎。風。吹雪。それらがフィーナ達に襲い掛かってくる。


「伏せて!!」


 真冬が咄嗟に魔法で氷の壁を作る。ククリの攻撃は一瞬防がれたが、すぐに氷は砕け、フィーナ達の体は雷に貫かれた。


「いッ……!!」

「……わかったわ。あれは、きっと「召喚魔法」よ」


 息も絶え絶えに真冬がつぶやく。


「あのカードに、魔法を「しまってる」のよ。だからなんの詠唱もせずに魔法を使える」

「その通り。正解です」


 ククリがにやりと笑う。


「貴方がたの攻撃なんぞは全部相殺できます。言ったでしょう、コレクションが趣味だと。私はお気に入りの魔法や魔物をカードに収納できるんです」


 パチンと指を鳴らすと、カードから魔物が出現する。身長2メートルを超す人型の怪物、トロールだ。


「これで仕上げだ。「ドレイン」!」


 ククリが懐からカードを取り出すと同時に、フィーナ達の体から力が抜けていく。


「くぅっ、これは?!」

「ドレインの魔法よ! 体力吸収の術式! この男、そんなものまでコレクションしてるわけ……?!」

「いやあ、コレ珍しい魔法なんですよね。裏ルートじゃないと入手できないレアモノなんですよ。高級スキルで倒されることを光栄に思ってください」


 立ち上がれない。フィーナも真冬も、青龍もヒザをつく。トロールたちはフィーナ達ににじりよる。


「ラドンは殺されたが、まあいいでしょう。青龍だけでもコレクションに加えてあげましょう」


 ククリの挑発的な言葉を聞いた青龍は、力を振り絞って吠えた。


「ふざ……っけるな!!」


 地の底から湧き上がるような声だった。体を震わせながら、立ち上がる。


「わしは青龍ぞ。十和田青龍大権現ぞ。ここを治める龍神であるぞ。キサマなぞのコレクションに加わってたまるか。甘く見るな。思い上がるな!!」


 十和田湖の水が持ち上がり、ムチのように細くしなって、トロールたちを打ち据える。太刀打ちできず、トロールたちは水に流され、湖の中に消え去ってしまった。


 だが、青龍はそこで力尽き、倒れてしまう。


「青龍さん……!!」

「……情けなや。神の意地を見せたつもりじゃったが」


 フィーナは歯を食いしばる。青龍の言う通りだと思った。


 この男に、これ以上しゃべらせてはいけない。

 この男を、これ以上のさばらせてはいけない。

 この男は、ここで私が立ち向かわなくてはならない!!


 腹の底に力を入れ、フィーナは片膝だけ立ち上がった。そして叫んだ。


「ブラスト──ボルケーノォッ!!」


 ククリはぎょっとした表情を浮かべる。その刹那、大きな爆発が起きた。予想外のことだったらしく、ククリはカードによる防御を取れずに吹っ飛び、地面に転がる。


「バカな、このエルフ、なぜ魔法を使える?! ドレインが効いているんだぞ!!」

「……あんたにハメられた三内丸山のダンジョンで、いいモノを見つけたのさ。青森を少しだけ熱くする、無限の魔力を手に入れたんだよ!!」

「何だと……」


 ククリはまさか、という表情でつぶやく。


「まさか……アーティファクトか?!」


 フィーナが指輪により手に入れたスキル、「無限魔力」。


 それは、ドレインでも尽きることのない、無尽蔵の魔力。


 戦う意思さえあれば、立ち上がろうという勇気さえあれば、たとえドレインで体力を奪われようとも、魔法を放つことが可能になるのだ。


 フィーナの脚はフラフラだ。体中は震え、立っているのがやっとだ。それでも、体の芯から沸き起こる「熱」は、決して消えない。


「くっ、召喚魔法を……!」

「させない!!」


 いったん態勢の崩れたククリを、立ち上がらせまいと、さらに爆破魔法を詠唱する。


「ブラスト・ボルケーノ!!」


 ボンボンボン、という爆音。ククリの体が上空に打ち上げられる。その体からカードがばらばらと散らばる。


 フィーナの脳裏によぎるのは、両親からもらったペンダント。三内丸山のダンジョンで、ククリによって黒焦げにされてしまった、両親の形見だ。


「大事なペンダントの仇──とってやる!!」

「キサマ! キサマぁ! 冒険者風情が! よくもォッ!!」


 フィーナとククリの叫びが重なる。


「ブラスト・ファイアワーク!!」


 大規模な爆発が、空中で起こった。


 真っ赤な花のような爆炎が広がる。ややあって、ククリがべしゃりと地面に落下した。


「ば、バカな……この私が……ああ……せ、せっかくのコレクションが……」


 地面に散らばったカードは、爆風で燃え尽きていた。カードが効力を発揮するのはあくまでククリの術式が発動した時のみ。手元を離れてしまうと、もうそれはただの紙でしかないのだ。


「他人を踏み台にするコレクションは、ただの略奪だよ。そんなの、二度とさせないから」


 フィーナの言葉を聞いて、ククリはがっくりとうなだれる。


「……アーティファクトか。そんな凄い物が三内丸山のダンジョンにそんなものがあったなんて。私の目も節穴だったな」


 そう言って、ククリは気を失った。



◆◆◆



 ククリは、フィーナの通報により駆けつけて来た冒険者に連行されていった。


 終わった──その安堵感で、フィーナの体の力が抜ける。


 気づけば、夕方になっていた。湖は琥珀色に染まっていた。真冬も楓も奈津も青龍もボロボロだったが、ちゃんと生きている。


 みんな擦り傷と切り傷だらけになってしまったので、回復ポーションで傷を癒した。


「……何とか、勝てたじゃあ」

「大変でしたね、本当」

「今回はフィーナに感謝ね。よくあそこで反撃できたわ」

「いやー、あたしも必死だったよ」


 全員、ボロボロになって。体には負けん気と気合しかなくなって。気力で押し勝った、そんな戦いだった。


 みんな、お疲れとフィーナは声をかける。離れた場所には、青龍がちょこんと座っている。


「青龍さんもありがとうございました」

「なあに。礼を言うのはこっちじゃ。十和田湖を守ってくれたな、お主ら」


 微笑し、青龍は礼を返す。


「わしだけじゃったら、この事件はどうにもならんかったろう。冒険者であるお主らが来てくれたおかげじゃ」

「あはは、神様にそう言われると照れますね。あたしは、ただ仇を取りに来ただけなのに」

「自信を持つが良い。お主らは、この青森の守護者になれる。かつては神がその役割を担っていおった。じゃが……今の時代は、人間がそれをやるべきなんじゃろうな」


 青龍は橙に染まる空を見上げる。


 フィーナは仰天した。青龍の体が、まるでカゲロウのように徐々にかすんでいく。そのまま消滅してしまいそうだ。


「ちょ、ちょっと、青龍さん?!」


 ほかの3人もそれに気づき、慌てて駆け寄ってくる。


「どうしたんずや?! ま、まさか、死んでまるんだか死んじゃうのか?!」

「ウソでしょ!? もしかして、戦いのときのダメージが深すぎたの?!」

「しっかりしてください、青龍さん!」


 少しずつ体が薄れていく青龍。だが、その表情は穏やかだ。


「慌てるでない。ちょっと力を使いすぎただけじゃ。姿は消えかかっとるが、気にするな。しばらくすれば、またわしは元通りになるわい」

「ホントですね? このまま消えちゃったりしないですよね?」

「たわけ。いらぬ心配じゃ。神は死なぬ。ただ少し休むだけじゃ」


 青龍の体が、夕焼けに溶けていく。


「わしは少し休む。だから、この十和田のことはよろしく頼んだぞ」

「青龍さん……」

「神がいなくとも、お主らのような青森の民はうまくやれるじゃろうよ。わしはそう信じとる」


 そう言い残して、青龍の姿は完全に消え失せた。


「消えてまったな」

「……何よ。言いたいことだけ言って消えちゃってさ。ちゃんと……お礼も言えてなかったのに」


 真冬は悔しそうにつぶやく。


「信じてる、か……。神様にそう言われちゃったら、頑張るしかないよねぇ」


 フィーナが言うと、ほかの3人も頷いた。


 夕日は沈み切り、夕焼けは夜に染まりつつあった。フィーナ達の十和田遠征は、そんな風にして終わったのだった。

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