第17話 ククリ・サナトの居場所

 季節は6月。雨がちな季節だが、幸いこの日は雨ではなく、晴れ間がのぞいていた。


 ギルドの入り口に着くと、偶然にも奈津の後ろ姿が見えた。


「あ、奈津! おーい!」


 呼びかけても奈津は答えない。よく見ると、奈津はイヤホンをつけて歩いている。フィーナは早足で奈津に追いつき、肩を叩いた。無表情で奈津が振り向く。


「あ……フィーナさん。すみません、気づかなくて」

「あはは、いいよ別に。音楽聞くんだね」

「はい。音楽、好きなんです。移動中にはよく聞きます」

「へぇ……何? どういうの聞くの?」

「メタルやハードロックが好みです」

「マジで?! す、すげぇ……」


 冷静で落ち着いている奈津がそんなものを聞くというのが意外で、フィーナは驚いてしまう。


「今聞いてたのは、『人間椅子』というバンドの曲でして。いい曲を作るんですよ。青森が生んだ天才ですよ」

「忍者がロックを聴く時代かぁ……」


 それからフィーナは4人がそろうまで、ロックのすばらしさについて奈津の熱いトークを聞くことになったのだった。



◆◆◆



 ギルドの受付に行くと、受付嬢に別室に案内された。


「フィーナさん。ククリ・サナトについて、中間報告いたします」

「……何か分かったんですか」


 受付嬢の表情はあまり芳しくない。


「いえ。具体的な居所までは……ただ、ククリの目撃情報なら一つあります」

「どこです?」

「十和田湖です。そこの近くでククリらしき人物を見たという話が寄せられています」


 十和田湖。青森の南に位置する大きな湖だ。


「そのほかに情報は?」

「いいえ。冒険者に十和田湖の調査に行かせましたが、何の報告もありません」

「ふぅん……ちなみに、十和田湖にいるっていう情報を寄せてくれたというのは誰なのかしら」

「ジュリアス、という喫茶店を経営している人物からです」

「へえ、ジュリアスですか!」


 奈津の眉がくいっと上がった。


「そこのマスターなら、僕の知り合いです。今から話を聞きに行ってみましょうか」

「え、ほんとに?」

「善は急げです。幸いここからそう遠くはありませんし」


 ククリ・サナトにつながる情報なら、何だってほしい。フィーナは一も二もなく頷くのだった。


 ジュリアス──それは、青森市の中心街である「新町」の大通りにある。


 新町というのは、青森駅からまっすぐ伸びる大通り、およびその周辺を差す地域だ。デパート、薬屋、服屋、和菓子屋、コンビニ、武器屋、様々な店が並ぶ商店街だ。


 ジュリアスは、その一角にある喫茶店だ。レンガ調の壁に覆われたレトロな雰囲気を漂わせている。


 店内は落ち着いた雰囲気だ。小さなステンドグラスや風景画がお洒落で、街の喧騒から切り離された静かな感覚を与えてくれる。


 フィーナ達が店に入ると、「いらっしゃい」と店のマスターが奥から現れた。エプロンを着たドワーフ族の男だ。ギリシア彫刻を思わせる、彫りの深い男前である。軽く会釈して奈津が挨拶する。


「どうも、ベンジャミンさん」

「おう、何だ、奈津じゃねえか」


 ベンジャミンと呼ばれたドワーフはにやりと笑って答える。


「お前さんが仲間を引き連れてくるなんて珍しいな」

「実は僕、冒険者のパーティに加えてもらったんです。こちらはメンバーであるフィーナさん、真冬さん、そして楓さんです」


 各々が挨拶すると、店主は軽く頭を下げる。


「こりゃ大勢でどうも。ここの店主をやっとるベンジャミンというモンだ。よろしくどーぞ」

「喫茶店のマスターさんかぁ……奈津ってけっこう顔が広いよね」

「ベンジャミンさんは元は父の知り合いだったんですよ。父が亡くなってからも、僕のことを気にかけてくれるんです」

「奈津の親父さんには世話んなったしな。まあ座れや」


 促され、4人は座席に腰かける。


「今日は聞きたいことがあって来たんです。少し時間をもらっていいでしょうか?」

「構わんぞ。今はヒマな時間だ。聞きたいことってのは何だ」

「はい。ベンジャミンさんは、ククリ・サナトという男の情報を持っていると聞きました。詳しく教えてほしいんです」


 フィーナは単刀直入に尋ねる。顎に手を当て、ベンジャミンは思案する。


「ククリ……サナト……あぁ、そうだな。正確に言うと、俺は詳しいことを知らんのだ。少し前にここに来た客が、その名前を出してたんだよ」

「その客というのは?」

「悪いがそこまではわからん。客の名前やら住所をいちいち控えたりはしねぇからな。それでよければ話してやる」


 ベンジャミンはどっかりと椅子に座る。


「あれは5日ほど前だったかな。ここに来た男が、えらい目にあったと言って来た。十和田湖のほとりでヤバいものを見たってな。何を見たんだと尋ねると、そいつは言ったよ。『ドラゴンが殺しあってる。ククリ・サナトってやつがそれをけしかけてる』ってな」


 十和田湖──心の中でフィーナはつぶやく。ベンジャミンは一呼吸おいて話を続けた。


「俺はうさんくさい話だなと思ったんだ。ドラゴンが殺しあってるなんてよ。もしそんな状況になってるとしたら、まず間違いなく大騒ぎになってるはずだろ。ところがそんな話は一切聞こえちゃ来ない。その男の見間違いか何かだろうと思った。ただ、それにしちゃ男は妙に怯えた風でよ。あれは関わり合いにならないほうがいい、と言って店を出て行ってしまった。それが妙に印象に残ってな。念のため、ギルドに報告してみたってわけさ」


 どこの誰かも分からない男が、喫茶店で語った話。どこまで信用に足るかは分からない。だが、唯一のククリ・サナトの手がかりでもある。


「……話してくれてありがとうございます、ベンジャミンさん」

「別にいいさ。どうせヒマだったしな」

「それで、どうするんず? 今の話っこ、信じるんだか?」


 頬杖をつきながら訪ねる楓に、フィーナは即答する。


「もちろん。十和田湖、行ってみたいと思ってるよ」

「まあ、そうなるわよね。私も同感よ」

「ククリ・サナト……ですか。フィーナさんや真冬さんを陥れた男でしたね。うん、僕も賛成です。十和田湖に行けば手がかりが掴めるかもしれません。貴方がたは僕の仇を捕まえるのに手を貸してくれた。なら今度は僕の番でしょう」

ぁもいいよー。十和田湖、行ってみたかったし」


 十和田湖。青森の南に位置する、青森最大の湖だ。


「十和田湖って、魔物とかが出るんだっけ?」

「いや、そんな話は聞いたことありませんね。あそこはダンジョン化もしてないはずです。恐山や白神山地なんかは魔物の住処になってて危ないですが、それとは違って、平和なものだと思いますよ」


 フィーナの問いに奈津が答える。十和田湖に魔物が出たという話はフィーナもあまり聞かない。


 いずれにせよ、ククリ・サナトの行方を確かめるには、実際に足を運んでみるしかない。


「行こう、十和田湖。真冬、少し遠いけど運転を頼めるかな」

「ま、いいわよ。運転は好きだし」

「何だ、お前ら行ってみるのかよ? 気ィつけろよ」

「ベンジャミンさん、ありがとうございました。気を付けて行ってきます」


 ドラゴンを殺し合わせている。あまりに剣呑な話は、どんな意味があるのか。その真相を確かめるべく、『ブルー』の4人は十和田湖に向かうことを決めるのだった。

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