第15話 「八戸港」 クラーケン、殺害禁止

 大きな触手は、陸をみ、大地を侵さんばかりに、少しずつ海から這い出てきていた。


 人によっては気分が悪くなりそうな光景だろう。うねうねとした巨大な軟体は、それだけで人間に根源的恐怖を与える。


「じっと見つめるもんじゃないね、ありゃ」

「全くです。海の生き物は本当に恐ろしい。忍者の僕でもそう思います」

「そんで? 作戦とかあるんだか? フィーナ?」

「4人全員の攻撃を、先手必勝でぶちかます! それでいいね?」

「構わないわよ。シンプルな作戦で気に入った」


 4人は頷き、クラーケンに対して一斉に攻撃を放った。


 爆破が、氷が、一直線に触手に炸裂する。鬼の拳と忍者の一閃が触手を打つ。


「オオオオオォォォォ──」


 苦悶の声が港に響き渡る。触手が惑い、悶えるのが見て取れた。


「効いてるわね。このまま攻撃を繰り返せばきっといけるわ」

「ええ、そうですね……ん?」


 奈津が何かに気づき、眉をひそめる。


「どうしたの?」

「……よく見てください。あの触手、裏側に青い斑点がありますよね?」


 奈津に言われ、フィーナは目を凝らして見てみる。確かに群青色の反転がいくつも触手の裏にあるのが見えた。


「うん。あるね、斑点が」

「まずいですね。それは毒の証です」


 奈津が苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「ああいう模様をしたクラーケンは、体内に毒があって、殺されると大量に毒を出して海を汚すんです。あの巨体だ、毒の量もきっと相当多いでしょう」

「毒って、ヤバい毒だったりする?」

「人間の体内に入れば、命を落とす危険もあります。そんな毒が海に広がれば、間違いなく、ここは死の海になります」

「めちゃくちゃやべぇじゃん……!」

「となると、アレを殺すわけにはいかないわね」


 話が変わってくる。さっきまでは討伐するつもり満々だったが、考え方を変えなければならないだろう。


「平和的にお帰り願うしかないってことだね」

「素直に帰ってくれるべか?」

「……クラーケンというものは、そもそもあまり凶暴な魔物ではないはずです。暴れている理由が分かれば、光明も見えそうな気がするんですが」


 すると、楓が拳をぽきぽき鳴らし、腕をまくる。


「よーし、こういうのは正面からぶつかるもんだべ。ぁ、ちょっと行ってくるはんで!」

「どうする気?!」

「話っこ聞いてくるじゃ!」

「いや、貴方、クラーケンの言葉は分かるわけ!?」

「分がんねぇ! でもこういうのは魂で感じるもんだ!」


 楓は駆け出し、触手にしがみつく。綱引きのように触手を引っ張りながら、苦しそうな声を上げるクラーケンに、楓は語り掛けていた。


「落ち着けえええええええ! どしたんずやどうしたのさ?! なんかイヤなことでもあったんだかあああああああ!?」

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「んあああああああ!! 何言ってらんだかわがんねえええええええええ!!」

「何やってんのよッ! 楓、戻ってきなさい!!」


 楓の腕力はクラーケンの触手と拮抗するほど強いらしく、しばらく楓は踏ん張っていたが、やがて弾き飛ばされて、ゴロゴロと転がりながら戻ってきた。


「た、ただいまぁ」

「ただいまじゃないっての! 大丈夫?!」

「全く……しょうがない鬼ね! ほら、しっかり!」


 真冬が楓を立たせる。頭をガリガリ掻き、楓は苦笑いした。


「いやあ、やっぱイカっこの言葉はわがんねえなあ」

「イカじゃないですって。……それで楓さん、何か分かったことはありますか? あるいは感じたことは?」

「感じたこと……んーっとねぇ」


 楓はすっくと立ちあがり、顎をさすった。


「なんかねぇ、苦しそうなのはもちろんなんだばって……痛そうな気配も感じたんだよなあ」

「痛そう……?」

「んだ。多分だけど、あのクラーケンは、ずっと何かの「痛み」ば我慢してるんだびょんだと思う


 そう言われると、クラーケンの声は、痛苦に耐える切ない悲鳴のようにも聞こえてくる。


 すると、触手がどんどん伸びて、近くの柱や建物にまとわりつく。みるみるうちに、クラーケンが陸に乗り上げてきた。


「おいおい、陸に上がってきちゃうよ」

「……こうなったら、いったん好きにさせるのも手かもしれないわね」

「真冬、マジで言ってる?」

「私はいつだって大マジよ。全体像が見えた方が、奈津が観察しやすいでしょう?」


 うなり声をあげ、クラーケンがとうとう陸に上がってきた。イカを思わせる頭部から、幾重にも触手が伸び、這いずりながらフィーナ達の方へ迫ってくる。


「来た!」

「仕方ないね。私が奴を凍らせるわ。奈津、何か分かったことがあればすぐに教えて」

「了解です!」

「あたしも爆破魔法で動きをけん制するよ! 奈津、頼んだよ!」


 フィーナと真冬が一歩踏み出し、早口で呪文を詠唱する。


「フローズン・アイス!」

「ブラスト・ボルケーノ!」


 みるみるうちに触手が凍り、クラーケンの身動きが鈍る。が、苦しそうにもがくうち、氷はすこしずつ砕けていく。


 暴れる触手には小さな爆破を何度も見舞い、動きを止める。何度もそれを続けて、クラーケンの動きを押しとどめていた。


「スキル発動。ホークアイ」


 ホークアイの温度感知で、奈津はクラーケンを観察する。「体温」を視覚でとらえ、瞬時に映像で認識する。


すると、体の下部分に、何か小さいモノがあるのを発見した。


「何かいます!」

「何か? 何よ、それ?」

「分かりません! 小さい何かです! 引っかかってる感じなんです!」


 最初は食われた人間かにも見えたが、そういう雰囲気ではない。直接視認しようとするが、触手が邪魔で上手く観察できない。奈津はクラーケンの横へ回りこみ、観察できそうなポイントを探った。


「フィーナさん、すみませんがちょっとその触手よけてもらえますか!」

「あいよぉ!」


 フィーナは威力を抑えめに爆破魔法を放ち、触手にヒットさせる。嫌そうに体が悶え、触手で隠されたクラーケンの体が露わになった。


「──あ」


 奈津ははっきりと視た。クラーケンの体に引っかかっているのは、小さなもう一体のクラーケンだ。


「います! 小さいのがいます!」

「小さいの!?」

「下の方にいるんです! もう一体クラーケンがいる! きっと……きっと赤ん坊のクラーケンなんじゃないでしょうか!?」


 ははあ、とフィーナが眉を上げた。


「もしかしてさ、あのクラーケンは「出産途中」なんじゃないかな」

「え、子供が生まれるってこと?」

「うん。それが難産になっちゃって、苦しみ悶えているとしたらどうだろう」

「なるほど。それなら暴れていることへの説明もつくわね……」


 フィーナの言葉に全員が頷く。それならば、クラーケンを大人しくさせる方法はただ一つだ。


「つまり、僕たちでお産を手伝ってやれば、万事解決ということですか」

「そういうことになるわね」

「手伝うって、どうするんずや?! こん中に、産婆やったことある奴っているんだかして?!」

「あたしも経験はないけど、やってみる価値はあるよ。要は赤ん坊を引っ張り出せばいいんだ」


 だいぶ無茶な話だが、試してみるしかない。


「ただ……ある意味、討伐よりムズい案件になりそうだよ! こいつぁ!」

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