第14話 「八戸港」 海の魔物にご用心

「えっ、アーティファクト?! 本当なんですか? 本当に言ってます?!」

「奈津! 声がでかいですって!」


 奈津がパーティに加わることを決めてすぐ、フィーナ達は自分たちのことを改めて説明した。


 楓の事。真冬の事。そしてフィーナのこと。


 特に、フィーナがアーティファクトを持っているというのは相当驚きだったようだ。


「アーティファクトなんて見たことがないですよ。これはすごい……この指輪を嵌めてから能力が底上げされたわけですね」

「うん、そうそう」


 しげしげと鑑定士のようにフィーナの指輪を眺める奈津は、真顔でこう言った。


「無限魔力か……いいスキルですね。缶詰にして僕にもおすそ分けしてほしいです」

「できないっての!」


 冗談なのか本気なのかいまいち分からない。


「奈津はホークアイがあるし、それでいいべさ」

「そうですね。何だかんだでこの能力は気に入っています。これ以上を望むのは強欲というものですね」


 そうして、奈津は表情を引き締めて言葉を続ける。


「……それから、フィーナさんたちを陥れたククリ・サナトという男ですが、その後手掛かりは見つかっていないんですね?」

「ええ、全く分かってないわ」

「何だか嫌な気分ですね。フィーナさんたちを殺しかけておいて、今もどこかでのうのうと暮らしているかと思うと」


 奈津は目を伏せた。誰かの理不尽で仲間の人生が狂いかけたという事実に、思うところがあるのだろう。


「僕も知り合いに聞いてみます。ククリの居場所が突き止められるかは分かりませんが」

「そうしてもらえるとすごくありがたいよ。奈津の忍者ネットワーク、期待していいかな?」

「そんないいものではありませんよ。過度な期待はしないでいただければ」


 謙遜する奈津だが、その言葉はフィーナにとってとても心強いものだった。

 


◆◆◆



あくる日、フィーナ達は再び冒険者ギルドを訪れた。仕事を探そうと端末にアクセスする。すると、新着の仕事が画面に表示されていた。


「ん? これは……」

「良さそうな仕事があったか?」

「この新着のクエスト、報酬は結構いい感じだよ」


 パーティが4人に増えた分、難易度が高いものに挑戦ができるようになったが、もちろん報酬は4等分する。そのため報酬が上の依頼を積極的に狙っていく必要がある。


 端末に表示されたクエストにはこうあった。


『八戸港に現れたクラーケンを退治してください。漁に出られなくて困っております』


「くらーけん?」

「クラーケンというのは海に棲む魔物です。イカに似ていますが、脚の数はイカより多いですよ」


 首をかしげる楓に奈津が答える。


「八戸かぁ。聞いたことがあるよ。確か青森の東側にある街なんだよね」

「ええ。車で行くと2時間くらいかかるかしら。海産物が美味しいのよ」


 フィーナの言葉には真冬が答えた。八戸ではイカやサバ、ヒラメ等がよく獲れる。特にイカの漁獲高は日本一である。八戸港は青森の水産を担う重要な場所と言えるだろう。


「報酬も申し分ないようね。これに決める?」

「そうだねぇ……」


 フィーナは他の依頼をざっと見てみるが、おおむね報酬の安い簡単なものが多い。


「漁に出られないんじゃ、さぞ漁師は困ってるでしょ。クラーケン退治、受けてみよっか」

「僕も構いません」

ぁもOK! 八戸でメシ食うべー!」


 そんなわけで、今回のクエストはクラーケン退治と決まった。


 ギルドを出て、車に乗り込みながら、フィーナが問うた。


「八戸で食事を取るというのは賛成だけど、食事処もやはり海産物が有名なのかな?」

「そうね……八戸には八食センターってところがあるのよ。海産市場なんだけど、食事を取れる店もあるわ。お寿司屋も何件かあったはずよ」

「結構あそこの寿司はおいしいんですよ。何回か行ったことがあります」

「寿司! わーい寿司食いたーい!」


 寿司と聞いて、楓ははしゃいでいる。


 八食センターとは八戸の郊外にある鮮魚市場だが、その建物は市場だけでなく、寿司屋などの飲食区画もあり、総菜や雑貨の店もある。酒を販売する店もあるし、イベントを行う催事場もある。ショッピングモールのような複合型施設だ。


フィーナの表情は複雑そうである。


「寿司かぁ……寿司っていうと、米の上に魚の切り身を乗せたアレのことだよね」

「そうだけど。……何よ、苦手なの?」

「苦手っていうか、エルフはあまり魚を食べないんだよね」

「そうなんですか。やはり森に住む種族だから、海の幸にはあまり縁がないんでしょうか?」

「う。うん……こんな事をいうと怒られそうだけど、魚ってエルフにしてみると、その、ゲテモノに近いというかさ……」

「とんだ偏見ね。あんなに美味しいのに」


 車のエンジンをかけ、真冬は苦笑しながら首を振った。


「い、いや、最近は海産物を気に入るエルフも多いって聞くよ。時代は変わっているってことだよね。挑戦するよ! 寿司、食べてみる!」

「別に無理しなくてもいいわよ。そんな無理やり食べるもんでもないし」

「いやいや、これもまた戦いだよ。挑むべきものなんだ。地域で愛される食べ物を食べるのは大事なことだと思うんだ。フィーナ・スプリング、けして寿司から逃げないと誓うっ!」

「大げさなのよ貴方は!」



 ◆◆◆



 2時間かけ、車は八戸港へたどり着いた。


 磯の香りが風に乗って漂っている。海の傍にショッピングセンターが立っているのが見える。海に沿って道が走り、店が広がる。まさしくここは港町なのだ。


 だが、港の入り口は封鎖され、検問のように見張りが立っている。


「止まれ、何の用だ」

「あたしらはクラーケン退治を請け負った冒険者なんですけど」

「あ、冒険者さんでしたか……これは失礼を。お通りください」


 見張りは慌てて道を譲ってくれた。


 港には人の気配がなく、静寂に包まれていた。


「だーれもいないねぇ」

「みんな避難してるってことかしら。依頼者の所に急ぎましょ」


 依頼者である漁協の建物はすぐに見つかった。車を停め、建物に入ると、そこは事務所になっており、深刻な顔で話し込んでいる男性達が見える。


「失礼しまーす。依頼を受けた『ブルー』です」

「お……おお! 来てくれたか!」


 男性達はバタバタと駆け寄ってくる。魚人や獣人の入り混じった、いずれも屈強そうな男達だ。中心人物と思しき髭面の男が歩み出てくる。


「ここの漁協の者です。来ていただき助かります」

「クラーケンが出る、とお伺いしたんですけど」

「そうなんですよ。すぐそこの海から体を出して暴れるんです。漁に出られなくて困ってるんです。俺たちも追い払おうとしたけど上手くいかなくって。近くの住民は自主的に避難しました」

「クラーケンですか。見た目は恐ろしいですが、どちらかというと争いを避ける魔物と聞いたことがありますが」


 奈津が顎に手をやって尋ねると、男性たちは皆頷く。


「そうなんだよなぁ、何であんな暴れるんだろうなぁ」

「クラーケンとかよく知らねえけども、平和的な魔物なんず?」

「ああ。こんな事件を起こすような存在ではないはずなんだが」

「何か理由があるのかなぁ。あるいは、特別凶暴なヤツが現れちゃったのか……」


 フィーナが想像を巡らせていると、不意に大きな地鳴りが響いた。


 ドオン、という大きな衝突音。海の男達の表情が引きつった。


「来た!」

「クラーケンですか!?」

「そうです! 間違いない!」

「よし、行こう! 依頼者の皆さんは安全な所へ退避してください!」


 4人は外へ飛び出す。すると、すぐに「それ」は目に入った。


 海から、大きな触手のような脚が何本も見えている。青い斑点模様がひどく鮮やかだった。イカのような脚には吸盤のようなものも見える。それらは陸地に乗り上げ、うぞうぞと蠢いている。


「うわっ、でっかい!」

「クラーケンよ、間違いないわ! あれが──今回の対象よ!」

「デカッ! ヤバッ! うだでぇ気色悪いなぁ! あれでイカ焼き作ったら何人前できるんだべな!?」

「お腹が減ったのは分かりますが、さすがにイカ焼き作る余裕はないと思いますよ!」


 ドオン、と再び衝突音。クラーケンが陸地に体をぶつけているのだ。体全体が陸に乗り上げてもおかしくない。


「よし、やろうか。さっさと終わらせて、みんなで寿司食べに行こう!」

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