第13話 「仏ヶ浦」 ゴーレム・マニアックス
子供の頃、奈津は泣き虫だった。
痛いことがあれば泣き、嫌なことがあれば泣いた。そんな奈津に対し、奈津の父は厳しく躾を行った。
「泣くな、奈津。忍の血を引くものが簡単に泣いてちゃいかん」
奈津の父は厳しかったが、強い人だった。奈津は父のように強い人間に憧れた。辛いことがあっても、腹の奥に力を入れて耐えるようにした。そのおかげで泣き虫から卒業できたが、いつの間にか感情を表に出すのが苦手になった。
ある時、一度だけ奈津が褒められたことがあった。
「魔物を倒したか。そうか。よくやったな。ご苦労さん」
大量発生した魔物を倒した時に、何の気なしにかけられた言葉だった。
たったそれだけ、気まぐれのような、けれどもとても温和で暖かな言葉。奈津の心にとても強く残った。
(──ああ、この人は、こんなに柔らかく笑える人だったか)
それが嬉しくて、もっと頑張ろうと奈津は思ったのだ。
けれどその半年後、奈津の父は土砂崩れであっさりとこの世を去った。
父が死んでも奈津は涙をこらえた。歯を食いしばった。腹の奥に力を込めた。泣いたらあの世の父がまた怒ると思った。
けれども、どうしてもこらえきれずに涙があふれ出て来た。
(父さん。父さん……泣き虫に戻ってごめん。でも今だけはどうか許してほしい。どうしても涙が止まらないんだ)
涙をぬぐいながら、悲しみと共に奈津は誓った。
──僕が父さんの代わりになる。忍者として青森を守る。それがきっと、僕がやるべき事なんだ。
一人きりになってしまっても、それでも奈津は、前に進むことをやめなかったのだ。
◆◆◆
巨大、あまりに巨大。ギガンティックゴーレムはあまりにもデカかった。力で敵うというレベルではない。ビルほどの大きさもある巨体がが暴れ出せば、虫のように踏みつぶされてしまうだろう。
それだけではない。フィーナ達の周囲に岩がぶつかり合う音が響き渡る。周りの倒れ伏したゴーレムが全て復活し、一斉に動き始めたのだ。
「良くないわね。ヤツの本領発揮といったところかしら。スキル、ゴーレムマスター……ゴーレムを作り出し、使役する能力。ここにいるゴーレムは全てサドカンの支配下よ」
「どうすんずな?! さっきはサドカンの奴に啖呵切ったけどさあ、あんなのいっぱい来られたら勝てるわけねぐねぇ?!」
「とにかくやってみるしかないよ! ブラスト──ファイアワーク!!」
フィーナが広範囲爆破魔法を使い、ギガンティックゴーレムもろとも、ゴーレムたちを爆破する。
だが、愕然とした。ゴーレムたちは破片と化した。ギガンティックゴーレムも手足が折れ、全身にヒビが走る。だがものの数秒で、ビデオの巻き戻しのようにみるみる修復されていくのだ。
「……回復力、高すぎ!」
フィーナの顔に、冷や汗が一滴落ちる。
「残念だったなぁ、冒険者! 逃げるなら逃げてもいいぞ。命までは取らんさ。くくく」
サドカンの声が海岸に響き渡る。
「ど、どうするべ、あれ?」
「……ゴーレムの倒し方を調べとくんだったね。どうしたもんかな」
「フィーナさん。少しいいでしょうか」
奈津がギガンティックゴーレムを指さす。
「僕が思うに、ゴーレムの倒し方は2種類あります。一つは操縦者を無力化すること。そしてもう一つは、魔力切れを狙うことです」
「魔力切れって?」
「ゴーレムについていろいろ調べたんですが、ゴーレムには魔力が貯蔵された「コア」があって、そこから魔力が供給され、動いています。魔力が切れると動かなくなるんです。だから何度も何度もヤツを破壊し、再生を繰り返せば、魔力を枯渇させられるかもしれません。そうすればもう再生はできない」
ギガンティックゴーレムを何度も壊せる、継続的な効果力──それは、フィーナの爆破魔法以外にはありえない。
「よし! 楓と真冬は周りのゴーレムを足止めして! 奈津はおかしなところがないか観察を続けて頂戴! あたしは、あのデカいのを爆破させまくる!!」
3人が頷き、散開した。ギガンティックゴーレムが大股でフィーナの方に歩いてくる。
「ブラスト・ボルケーノ!!」
目の前へ、大きな爆炎が上がった。
「まだまだ! まだまだぁッ!」
2発目、3発目、4発目。間髪入れずに爆破をさせまくる。ちょっとした花火大会のようだ。ギガンティックゴーレムの脚が止まる。
「ぬ、ぬうう、キサマらぁぁ」
サドカンの苦しそうな声が聞こえてくる。爆風と爆炎で、砂ぼこりがもうもうと立ち込めてくる。それでも、フィーナは爆破魔法を緩めない。
「ナメるな! 凡人共ォォォォォ!!」
崩壊と再生を繰り返しながら、ギガンティックゴーレムが跳躍した。
「や、やばっ! みんな避けてーー!」
4人はバラバラに散らばる。少し遅れてギガンティックゴーレムが着地し、ズシンという大きな振動が海岸を揺らす。砂ぼこりがバラバラと舞い上がる。
「ああもう、無茶苦茶しやがるなぁ!」
慌てて避けたためフィーナはよろけてしまう。慌てて見上げると、ギガンティックゴーレムがこちらを見ていた。
ゴーレムの頭にはヒビがいくつも入っていた。もうもうと舞う土ぼこりにより、ゴーレムの視界はふさがれていた。
「ええい、どこだ、どこにいる」
サドカンの慌てる声が響く。それを奈津は聞き逃さなかった。
「──フィーナさん、今ならもしかしたらもう一つのプランに挑戦できるかもしれません」
「もう一つのプランって?」
「サドカン本人を捕縛するんです。このままゴーレムを爆破し続けても、いつになるか分からない」
「本人をとっ捕まえるの、やれそう?」
「今、確信しました。あのゴーレムは頭部の構造が込み入っている。だから頭部のヒビの再生が少し遅れてます。やれるかもしれない」
奈津のまっすぐな瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭い。
フィーナは奈津の「眼」を信じることにした。忍者としての直感。すべてを見通す鷹の眼。それはきっと信頼がおける。
「私はどうすればいい?」
「ゴーレムの足元に爆破魔法をお願いします。」
「了解!」
フィーナは頷き、目の前に爆風を見舞った。ギガンティックゴーレムがよろける。その隙に、奈津はギガンティックゴーレム目掛けて走った。
「奈津! 無茶だけはしないでね!」
「ご心配なく! こう見えて忍者の端くれです!」
土ぼこりに隠れるようにして、奈津は走った。サドカンに足元を見ることはできないが、奈津の目は、全てを見据えていた。
「中川流、早道之者──中川奈津! 参る!!」
わずかなゴーレムの突起をつかみ、奈津はあっという間にゴーレムの頭へたどり着く。まるでパルクールのような動きだった。そして手に持った小刀を勢いよく振り下ろした。
流れるような動きだった。早道之者、その名に恥じない俊足だった。ゴーレムの頭にできたひび割れが広がり、砕け散り、操縦席のような部分が露出した。サドカンの体があらわになる。
「観念しろ。サドカン・ヒタリカ」
「き、キサマ!」
すかさず奈津はサドカンの首を掴み、腕を捻り上げる。
「お前が自らの行いを悔い、ここでおとなしく捕まるならそれでよし。どうする」
「バカな。オレは世界最高のゴーレムマスターだぞ。悔いなどないなぁ! ひとかけらもなァ!!」
奈津の表情は変わらない。だがその瞳に、猛禽類のような鋭い光が灯った。一切の慈悲を感じさせない表情で、奈津はサドカンの頬を思い切り殴りつけた。
「がぁっ……!」
2発、3発、さらに脇腹を殴る。何度も何度も殴りつける。そして20発目、とどめの一撃に、サドカンのアゴに強烈なアッパーを叩き込んだ。
「……本当ならここで殺してやってもいいくらいだが、これぐらいで抑えてやる。お前をギルドに引き渡し、その人生を破滅させる程度で許してやろう。感謝するんだな、サドカン・ヒタリカ」
サドカンはノックアウトされ、ゴーレムの上で気を失っている。すべてのゴーレムは停止し、あとは波の音だけが、静かに海岸に響き渡っていた。
◆◆◆
フィーナ達を連れてきてくれた船は、離れた場所に避難していた。「アンタらスゲーなおい」と船主のケインは笑いながら驚いている。
縛り上げたサドカンは、丁重に船室へ軟禁することになった。意識を失ったサドカンを床に寝かせ、4人はやっと一息つくことができた。
船は青森市を目指して進み始めた。帰りの船は、行きよりも波が穏やかで、静かだった。楓もそこまでひどい船酔いはしていないらしく、船の奥から椅子を引っ張ってきて、ゆったりと座って目を閉じている。
「楓、大丈夫? 気分悪くない?」
「行きの時よりは平気だ。座ってれば大丈夫大丈夫」
傍から見ると何だか観光客のようで、シュールな光景だ。
「いやー、それにしてもさ、無事に仕事が終わって
「いえいえ。楓さんにも十分助けられました」
風に当たりながら、奈津は言う。
「奈津は、これからどうするの?」
「これからですか? うーん、そうですね」
フィーナの問いに、苦笑しながら奈津は答えた。
「3人のおかげで目標は果たせました。なら、この後は、これまでの仕事に戻るだけです」
「それじゃ、冒険者の仕事をまたやるんだね」
「そのつもりです」
船の柵に肘を置き、奈津は傾いた太陽を見つめていた。温和な表情だった。満足げな、それでいて寂しそうな表情だった。
「だったらさ、あたしらの所に来ない?」
「え?」
思わずフィーナはスカウトしていた。真冬は一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに微笑して同意の頷きを返した。
「そうね。奈津が私たちのパーティに加わってくれれば心強い味方になるわ」
「……いいのですか? 僕が、仲間になっても」
「あたしは構わないよ! むしろ大歓迎!」
「私も同じ」
「
楓の言葉に、奈津は照れくさそうに笑った。
「参ったな。お見通しってわけですか。……そうですね。家族もいなくなったし、僕はもう天涯孤独なんです。僕の居場所はもうどこにもない」
夕日が少しずつ水平線に消えていく。青森市が少しずつ見えてくる。
「いま気づきました。僕は……寂しかったんですね」
一人きり。それはフィーナも同じだった。真冬も、楓もそうだった。だからこそ仲間になったのだ。
「奈津、力を貸してくれる? 魔物や悪党と戦う、心強い戦力になるはずだよ。そうすればきっと……あたしらはもっと、いいパーティになれると思うんだ」
フィーナの言葉に、奈津は頷きで答えた。
「──はい。僕の力を求める人がいるなら、そこが自分の居場所ってことで、いいのかもしれないですね」
「それじゃあ!」
「分かりました。『ブルー』の一員に加わりましょう。これからよろしくお願いします」
オレンジ色の夕日を背をにして、奈津は微笑む。フィーナ達の前ではっきりと奈津が笑うのはこれが始めてだった。
そんな風にして、静かな夕暮れの海で、青森の忍者が仲間に加わったのだった。
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