第12話 「仏ケ浦」 激闘、浜辺のゴーレム

 仏ヶ浦──殺風景な海岸に、見上げるほど大きな岩が鎮座している。それがずらりと並んでいる。


ここはダンジョンではないが、ダンジョンと言われても不思議ではないくらいの迫力がある風景だ。フィーナ達を乗せてくれた船と舵手は、離れた場所で待機してくれている。


「うへぇー、へずね苦しかったぁ。まだなんか揺れてる気がするじゃぁ」


 楓がよろつきながら砂浜を歩く。


「大丈夫、楓?」

「あー、平気平気。多分」

「多分だと困るわ」

「少し歩けば回復するはんでから、気にしないで」

「なら、楓の気分がよくなる期待も込めて、この辺りをぐるっと歩いてみましょう。何か分かるかもしれませんからね。僕は「ホークアイ」を使って、周囲を見てみます」

「了解!」


 奈津の提案に全員が頷き、4人は浜を歩く。波が押し寄せるさざ波の音が響く。奈津は「ホークアイ」を起動し、辺りを見やる。


「ホークアイ。温度感知」


 奈津は目の前の「温度」を視た。人間が潜んでいれば、すぐわかるはずだ。


「……とりあえずこの辺は何もないと思います」

「なら、もう少し歩くわよ。そこそこ広い浜だし」


 海岸に沿って歩いてみる。だが人間どころか動物一匹見当たらない。数メートルはあろうかという巨岩と砂浜しか目に入らない。この世の果てにでも来たかのような感覚だった。ざざん、ざざん、という波が押し寄せる音が響いている。


「ほんと、すごい景色だね。こんなにごつごつとしたむき出しの岩があるなんて」

「そうね。青森に住んでる私でも、この場所のことは初めて知ったわよ」


 巨大な岩を目の当たりにすると、人間は無意識に圧倒される。4人ともそれは同じだった。感心したようにフィーナは辺りを見回していた。


後ろをついてきていた楓も、顔色はすっかり良くなっていた。鬼は立ち直りが早いのかもしれない。


「楓、もう平気?」

「もうばっちりだ。心配かけちゃってゴメンねぇ」


 楓はダブルピースで余裕をアピールする。が、すぐに不審そうに後ろを振り返る。


「ん? ……なんか聞こえねぇべか?」

「なんかって?」

「いや、なんかこう、ぎしぎしって物が動くような音」


 フィーナは後ろを振り返る。すると、すぐに異変に気付いた。


 岩が動いている。


 先ほどまで武骨な岩石だったそれは、いつのまにか手や足のようなものが生え、立ち上がっていた。

それはまごうことなき「ゴーレム」だった。フィーナ達の方へ近づいてくる。


「ストーンゴーレム……!! 皆さん気を付けて下さい!」

「フン、早速お出ましってわけね」

「ようし、やろう!」


 フィーナがゴーレムへ爆破魔法を発動させる。


「ブラスト・ボルケーノ!!」


 ゴーレムの体が木っ端みじんになる。が、すぐに破片は集合し、ゴーレムは元通りになってしまった。


「うへぇ、再生してらんだか!? ヤべぇべな!」

「ヤバいのはあれだけじゃないわよ。ゴーレムはあちこちにいるわ!」


 フィーナは周りを見回す。前の岩、横の岩、それらは次々に同じように人の形を取り、動き始めている。

横にいたゴーレムが拳を握り、力任せに殴りかかってきた。フィーナは慌ててそれを避ける。


「もしかしてだけどッ! まさかこの海岸の岩全部がゴーレムなんじゃないでしょうね!」

「そのつもりで考えたほうがいいわよ!」


 壊しても元通りになってしまう岩人形。敵に回すにはあまりに厄介だ。


「奈津、このゴーレムはあたしたちでどうにか足止めする! その間に君は、ゴーレムのマスターであるサドカンを探してくれる?!」

「承知しました! ですがそちらは大丈夫なのですか?!」

「やってみる。時間くらいなら稼げる!」

「でも、サドカンが近くにいるのか、わかんねえべさ?」

「いえ、ゴーレムというのは術者がある程度近くにいないと操れないんです。僕の調べによると、術の「有効距離」はおよそ500メートルほどです」

「つまりサドカンは、それなりに近くにいるはずってことね」


 ゴーレムたちは少しずつ、フィーナ達へ迫る。


「……では、ここは頼みました。僕はなるべく速やかに、サドカンを見つけます!」


 奈津はホークアイを起動する。


 そして周囲を見渡す。どんな小さなモノも見逃さないよう、最新の注意を払って。


「なるべく急いでね、奈津! あたしらがやられちゃわないうちに!」


 フィーナと真冬は魔法でゴーレムの体を砕く。楓はどうも危機感がないようで、笑いながらゴーレムの脚にパンチを繰り出している。


「わはははは! こりゃすんげえなァ! 砕いても元通りになってら!」


少しずつゴーレムたちはフィーナ達ににじり寄るが、奈津の眼には何も見つけられない。


「おかしい……! この周囲に怪しい人影は認められない!」

「嬉しくない知らせね、奈津?」

「術者は近くにいるはずなんでしょ? なら、例えば地中の中に隠れているとかはどう?」

「いえ、地中もとっくに見ています! 下にもいないんです!」


 顔をしかめて奈津は唇に指を当てる。


「何でも見えるまなぐなんでなかったんだか? ダメダメだべな!」

「楓、言葉遣いに気をつけなさい!」


 魔法を使いながら、真冬は器用に楓の頬をつねる。


「奈津、もう一度! ホークアイで周りを見てみて! もしかしたら、まだ見ていないところがあるのかもしれない!」

「見ていないところ……」


 フィーナの言葉に、奈津はハッと目を見開く。


「まさか──「上」か!」


 奈津は空を見上げた。真っ青な上空、およそ500メートル先の空中に、人の形をした「体温」があった。


「いました! きっとあれがサドカンです! 500メートル上の「空中」にいます!!」

「空中!? ウソぉ!?」

「いえ、ここは青森よ! どんなことだって起こりうる!」


 面食らうフィーナだが、すぐに気持ちを切り替える。敵の場所が分かれば話は早い。


「よっしゃ、あたしに任せて! あたしなら落とせる!」


 フィーナは右腕を空に掲げた。長弓の射手のように狙いを定め、地上から空に向けて魔法を放った。


「ブラスト・ボルケーノ!」


 空中に爆炎が上がる。その瞬間、何もなかったはずの空に、椅子や机や人間がいきなり出現した。それらはバランスを失い、落下してくる。


「うお、どうなってらの?! 机がいぎなり出てきた!?」

「恐らく、魔法で机や椅子を空中に浮かべて、魔法で透明にしていたのでしょう。ああやって安全圏からゴーレムを操っていたんです」


 砂浜に落下したのは男性だった。春一から見せられた写真と同じ、痩せた、神経質そうな中年男性。サドカンに間違いなかった。


「……あれがサドカンです、間違いありません」


 ゆっくりと奈津は砂浜を踏みしめる。サドカンは起き上がり、血走った声でくぐもった叫びをあげた。


「くそォッ! 貴様ら! なんてことをするんだ! このオレの「空中ゴーレム操作ルーム」を台無しにしやがって! また一から作り直しだ! どれだけ時間かかるか分かってんのか!」


 その声は裏返り、敵意に満ちている。


「よく言うよ。あたしたちにゴーレムをけしかけたのはそっちでしょ?」

「知るもんか。ここはオレのゴーレム製作所だ。勝手に侵入してきたそっちが悪い」

「……サドカン。お前は各地に土砂崩れを引き起こし、罪のない人々の生活や命を破壊してきた。お前の横暴をここで終わりにするためにお前を捕らえに来た」

「土砂崩れ? ははは、くっはっはっは」


 サドカンは口角を歪めて笑う。


「それこそ知るもんか。いいかね、オレのゴーレムは一級品だ。世界一なんだ。世界一なんだよ。俺のゴーレムはよく売れるんだぜ。自分で言うのもなんだが、耐久性、パワー、持続性、どれをとっても最高品質のモノを生み出せるんだ。それがオレだ。ゴーレムマスター・サドカンだ」


 体の砂を払いのけながららサドカンは続ける。


「それで……ええと何の話だったっけ。ああそうそう、土砂崩れの話だよな。そんなもんは、それこそオレの知ったことじゃない。ゴーレムを作るために犠牲が出るのはしょうがないからな。人だって死ぬだろうさ。でもいいだろ、人間なんていつか死ぬんだ。だからみんな許してくれるだろ? 何しろオレのゴーレムは、最高のゴーレムなんだからなァ」

「「「「許すわけないだろうが!!」」」」


 フィーナ達全員の声がハモり、爆破魔法と氷結魔法の両方がサドカンに放たれる。攻撃を受けたサドカンは波打ち際まで吹っ飛ばされた。


「ぐほぉ、がはぁっ! なんてことするんだ! 口の中が切れたッ」

「もういい。大人しく捕まってくれ、サドカン・ヒタリカ」


 サドカンはゆらりと起き上がり、再び不敵に笑う。


「おっと、待てよ。サドカン特製のゴーレム、あれで終わりだと思うな!」


 サドカンが指を鳴らすと、海の中から超巨大なゴーレムが現れる。


 先ほどのゴーレムの3倍ほどもある、ビルほどの大きさのそれは、全身にトゲのような構造を持つ、もはや怪獣という呼び名が相応しいものだ。


「で、でっか……?!」

「これが我がスキル、「ゴーレムマスター」により作られた珠玉の一品、ギガンティックゴーレム! 最強! 最高! ゆえに至高! これより貴様らの人生を台無しにする!」


 デカすぎだろ──とフィーナは唖然とするが、奈津は臆せず、ゴーレムに向けて一歩踏み出す。


「全く下らない。あいつは最強なんかじゃありません。僕の家族を奪った、ただの外道に過ぎない。それを今から証明してやりましょう」


 力強い言葉だった。凛とした言葉だ。

 その通りだ、とフィーナも思う。外道に屈する理由は何一つない。


「……そうだね。本当にそうだ。あいつを野放しにしていたら、もっと多くの人間が悲しむ」

「あの岩人形、マジでデカくてヤバいけど、でもぁ達なら、きっとやれるんでねぇか?」

「ほんと、呆れるほど大きいわね! まったく──ブッ倒し甲斐があるわ!」


 あまりにも巨大すぎるゴーレムとの死闘が、ここに幕を開けたのだった。

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