第5話 軽ワゴンとパーティ名と煮干しラーメン

 青森市の海沿い、ベイブリッジと呼ばれる陸橋の近くで、ククリ・サナトは満足げに微笑んでいた。


「非常にいい素材が手に入った。今日は本当にいい日だ。こういうのを吉日と言うのだろう」


 その手には深緑色の草が握られている。草にはところどころ花が咲いているのだが、夜の闇を思わせる黒色の花で、不吉さを暗示させるような毒々しい色合いだった。


フィーナ達をバジリスクのオトリにしている間に、ダンジョンから回収したものだ。


「これでまた一つコレクションが増えた。早速帰って飾りつけをしないとな。ふふふ、くっふっふっふっ」


 整った顔が醜悪に歪む。

 その脳内に、どのような計画が展開されているか。それはまだ誰も知らない。



◆◆◆



ダンジョンから脱出したフィーナと真冬は、遺跡を歩きながら今後について話していた。


「それじゃ、そうと決まれば早速冒険者ギルドに移動するわよ。私たち2人をパーティ登録する必要があるし、ククリ・サナトについても報告しないといけないから」

「そうだね。ただここからだと少し距離があるんだよね」

「問題ないわ。私は自動車を持っているから。ここにも車で来たのよ。ついてきて」

「おっ、真冬って車持ってんの?」


 慢性的な金欠により、徒歩、あるいは自転車で移動するフィーナにとって、自動車というものはあまりなじみがないものだ。


 駐車場に着くと、真冬はポケットにしまっていた車のカギのボタンを押す。遠くに見える小さな車のライトが点滅し、ロックが解除される音がした。


「これよ。私の愛車は!」


 赤いボディが特徴的な、角ばった車だった。


「いわゆる軽ワゴンに分類される車ね。昔、仕事の報酬で格安で譲り受けたの」

「へぇー、仕事の報酬ってすごいなぁ!」

「小さいながらも走りは抜群よ。雪道でもガンガン走ってくれるし。さ、乗りなさいよ」

「それじゃお言葉に甘えて。運転、よろしくお願いね」


 車に乗り込むと、フィーナの腹の虫がぐぐうと鳴った。


「あら。お腹減ってるの?」

「あはは、いやー安心したらお腹が減っちゃって……」

「いいわ。実のところ、私も空腹だから。ギルドに行ったらご飯にでも行きましょうか」


 赤い軽ワゴンは三内丸山遺跡を出て、バイパスに合流した。朝方のため、道は混んでいない。車はスムーズに東を目指して直進する。


「さすが、車だと早いねぇ……!」

「やっぱり春になると、雪が解けて運転がスムーズにできるからとても良いわね。道路も空いてるし」

「冬の雪はヤバいもんねぇ。やっぱり運転も大変になるの?」

「大変に決まってるじゃない。混むし、滑るし、寒いし、いいことは一つもないわよ」


 真冬の言葉には実感が籠っている。


「そういえば、フィーナ。異世界エセルティーンには移動手段ってあるの?」

「うん、一応あるよ。魔法生物っていって、魔力で作った使い魔がいるんだ。馬の形に作れば移動手段になる。でも大体、それは行先を命令するだけなんだよね。そうすれば勝手に運んでくれるから。だから運転っていう概念はあっちにはあまりなかったかなー」

「ふうん。「運転」がない世界か……なんかつまんないわね」


 15分ほどの運転で、車は冒険者ギルドに到着した。ギルドの入り口の手前で、真冬は小声でフィーナに話しかけてくる。


「フィーナ。念のために、自分がアーティファクトを持ってることは伏せたほうがいいかもしれないわね」

「どうして?」

「その強すぎる力は逆に、狙われてしまう危険があると思うわ。迂闊に知られるべきじゃない」

「それは……そうだね。余計なトラブルが舞い込むかもね」


 青森には世界各地から色々な人間が集まっている。望んでもいない騒動を巻き起こすのはフィーナも望まない。


「分かった。そうしとく。その方が良さそうだ」


 冒険者ギルドの中へ入り、受付へ声をかける。単刀直入にダンジョンであったことを話すと、すぐに責任者らしき男がやってきた。


「話は伺いました。本当に大変な目に遭ったようですね」


 男はメガネをかけた中年の男性で、ギルドマスターと名乗った。ギルドを取り仕切る事務長である。


 奥の別室で詳しく話すと、ギルドマスターは眉間にしわを寄せて深く頷いた。


「冒険者を騙してオトリにした……か。分かった。すぐにククリ・サナトの居場所を調べよう」

「お願いします」

「それから三内丸山のダンジョンだが、これから低難度ダンジョンと呼ぶことはできなさそうだな。すぐにダンジョンのランクを見直すよ」

「びっくりしたよぉ、まさかバジリスクがいるなんて思わなかったもん」

「危険すぎるゆえ、その奥が塞がれていた……という事実だがね、奇妙なことにこのギルドには記録が残ってなかったんだ。そのあたりの記録が不自然に消去された痕跡がある」

「まさか、ククリ・サナトの仕業?」

「かもしれない。何しろあのダンジョンの奥が調査されたのが昔の話で……申し訳ない。こちらの不手際だ」


 ギルドマスターは深々と頭を下げる。


「まあ、とりあえず五体満足で帰ってこられたわけだし、とりあえずは良しとするわ」

「そうだね。ククリの調査はギルドさんに任せるよ。それから、もう一つお願いがあるんですけど」


 新しくパーティを組みたい、とフィーナが告げると、ギルドマスターはすぐに申請用紙を用意してくれた。


 用紙に構成人員や氏名を書き込む。一番下にある「パーティ名」の項目で、フィーナのペンが止まる。


「そういや、パーティの名前を考えてなかった」

「貴方に任せるわ。私はその、ネーミングセンスに自信がないから……」

「あたしだって自信ないよー。どうすっかなぁ」


 しばしフィーナは思案にくれる。妙な名前をつけてしまうと後で後悔することになるのだ。


「凄い名前にしなくてもいいのよ。ささやかな名前で構わない」

「ささやかねぇ……」


 妙に凝った名前を付けても分かりづらい。直球勝負の方がいいと感じた。


「──『ブルー』ってのはどうかな。パーティ、ブルー」

「ブルー、青色ね。ちなみにどうして?」

「ここは青森でしょ。青森の青だからブルー」

「安直すぎない?」

「いいじゃん安直で。青ってのはいい色だぞぅ。心を落ち着かせてくれるからね」

「……まあ、いいわよ。覚えづらいよりマシだし」


 フィーナははっきりと、パーティ名の欄に「ブルー」と記入する。


「OK! パーティ成立!」


こうして、春の青森に新たなパーティが誕生したのだった。



◆◆◆



 パーティを結成した2人は、腹ごしらえをするためにラーメン屋へと来ていた。


 ラーメン屋、「ひらこ屋」。ダンジョン内で真冬が好きだと言っていた店だ。


 幹線道路沿いにある、小さな店だった。すでに車が数台駐車されている。店のドアを開けると、香ばしい匂いにふわっと包まれるのを感じた。


「おおお、ここがラーメン屋……初めて来たぁぁ」

「いい店なのよ、ここ」


 カウンターに腰かけ、メニューを選ぶ。が、フィーナにはよく分からない。


「えーっと、ごめん、聞いていいかな。このメニューってどんな違いがあるの?」

「ここのラーメンは煮干しダシを使ってる、ってのはさっき話したわよね。いくつかメニューがあるけど、「濃さ」がそれぞれ違うの。煮干しが大好きな人は濃いのを選べばいいし、そうでない人はあっさりを選べばいい」

「……ちゃんと聞いてなかったんだけど、煮干しって何のことだっけ?」

「小魚を煮て、干したものよ。今、店に漂ってる匂いが煮干しの香り」

「へぇー、そうなんだ。これが煮干しの匂いなんだ」


 メニューに目を通す。「あっさり」「こいくち」「にぼダク」「せあぶら」「バラそば」と書かれている。


「にぼダクってのは何?」

「煮干しダシが超大量に入ってるヤツね。初心者の入門にはおすすめしないかも。数量限定だしね」

「じゃあ、じゃあ、せあぶらとバラそばってのは?」

「せあぶらは、豚の背中の脂肪分のことね。それがラーメンに入ってて濃厚な味にしてくれるの。バラそばのバラってのはバラ肉チャーシューのことね。ラーメンに大量に薄切り肉が乗せられてるの。なかなかに迫力ある見た目してるわよ。肉が敷き詰められて花みたいになってるんだから」

「な、なんかすごそうだなぁ」


 悩んだあげく、フィーナは一番シンプルそうな「あっさり」を選んだ。真冬は「こいくち」である。注文を取ってからしばらく待つと、二人分のラーメンがやってきた。


「うひょー、すごい、これがラーメンかぁ」

「来た来た。いただきます」


 ライトブラウンに輝くスープ。まっすぐでしっかりとした麺。乗せられた3枚のチャーシュー。芳醇な煮干しの香り。フィーナの腹の虫がぐぐうとなる。こらえきれず、早速麺をすすりこんだ。


「う、うまっ……!」


 煮干しダシの香ばしい香りが口いっぱいに広がった。麺はもっちりとしていて口当たりがよく、いくらでもするすると口に入っていく。


「すごい、すごい美味しいよこれ」

「でしょう?」

「人生初ラーメンだよ、あたし」

「ふふ、なら良かった。いいでしょう、ここのラーメン」

「めっちゃ良い、めっちゃ良いよぉ」


 いつの間にか、フィーナの目から涙がこぼれていた。


「ちょ、ちょっと貴方、泣くことないじゃない!」

「う、うぇぇ、ごめん。なんか感激しちゃって」


 備え付けの紙ナプキンで慌てて涙を拭く。


「感受性が豊かすぎよ、貴方」

「いや、ラーメンの美味しさもそうだけど……その……生きてて良かったって思ってさぁ」


 本当に今更な話だが、自分たちは「生き延びた」のだと、ラーメンを食べて改めて実感したのだ。


 死ななくてよかった。こんないい物を食べずに死ぬなんてもったいない話だ。


 胸がいっぱいになりながら、フィーナはラーメンをすすり続けたのだった。


 やがてすべて食べ終えると、真冬は店員を呼びつけた。


「すいません、お新香お願いします」

「ん? おしんこ?」

「漬物のことよ。注文すると無料でサービスしてくれるの。貴方も食べる?」

「へへ、無料って言葉好きなんだよね。じゃあいただいちゃおうかなー」


 すぐにお新香はやってきた。大根の漬物だ。一口かじると、すっきりした酸味が口に広がる。ラーメンの後だからか、とても爽快感があった。


「あ、これもいいねぇ。美味しい」

「口直しできて気に入ってるのよ」


 フィーナも真冬も自然と笑顔になっていた。美味しい物は人を笑顔にするものだと、フィーナはしみじみ感じた。


「あ、そうだ」

「ん?」

「まだ決めてないことあったよね。あたしらのパーティ、リーダーは誰にする?」


 パーティは基本、誰かしらリーダーを決めるものだ。真冬は水を飲み、フィーナを指さした。


「貴方、やればいいじゃない」

「え、あたしが?!」

「私はリーダーって器じゃないわ」

「いやいや、あたしだって器じゃないよー! 頭だって別にいいわけじゃないしさ……」

「別にいいのよ。貴方の明るさはリーダー向きよ。足りないところは私がカバーするからいいのよ」

「そ、そーかなぁ」

「そうよ。フィーナは……なんて言うか……人を引っ張る雰囲気を作れる。あの時、崖際で、飛び降りることを選べたじゃない? それが大事なのよ。リーダーに大事な素養よ。私はそう思う」

「でもさ、次また同じことがあったとして、飛び降りた先が奈落の底かもしれないよ」

「その時はその時よ」


 フィーナも水を飲む。リーダー。自分に向いているかは正直分からない。が、ここまで言われたらやってみようかと思えてくる。


「分かった。……リーダー、やってみるよ!」

「ん。了解。よろしくね」


 冒険者パーティ、「ブルー」。煮干しの芳醇な香り漂う店内で、そのリーダーが決定した瞬間であった。

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