第4話 「三内丸山」 グランドエスケープ

 アーティファクト。

 ダンジョンの奥に眠り、見つけた者に上位スキルを与えるとされるが、実際に発見されたという証言は皆無に等しく、ほぼ伝説と化しているモノ。


「アーティファクトって、マジでっ? 本当に? めちゃくちゃすげぇお宝じゃん!」」


 フィーナは興奮を隠しきれない。真冬も目を丸くして驚いている。


「本当に……本当にすごいわね。アーティファクトは本当に存在したのね」

「いや、本当にすごい。やばい」

「す、少し触ってみてもいい?」

「いいよ。ぜひ見てよ」


 さすがに真冬も興奮している。フィーナは指輪を外し、真冬に渡す。


「こ、これがアーティファクト。へぇ……ただの指輪かと思ったけど、とんでもないのね」

「つけてみる? 真冬。貴方にもスキルが宿るかもしんない」

「え、ほんと?!」

「物は試しってやつだよ」


 真冬は頷き、指輪をはめてみるが、特に変化は起こらない。魔法を使ってみるが、これまでと同じ雰囲気だ。


「私は何も変わらないわね。先着一名らしいわ」

「そっか。ちょっと残念だったね」

「構わないわ。おかげで私の命は救われたもの。フィーナは命の恩人ということになるわね」


 真冬はふっくら笑い、フィーナの指に指輪をはめてくれる。


「ありがとう、フィーナ。あの時の貴方の言葉、おぼろげながら私の耳にも届いてたわ。嬉しかった」

「聞いてたのかよ~。よしてよ、恥ずかしい」


 面と向かって言われると急に恥ずかしく、フィーナはわざとらしく咳払いをする。


 新たなスキルは「無限魔力」というものだった。それを説明すると、真冬は顎に手を当てて考え始めた。


「ふむ……状況から察するに、これまで不安定な魔法の出力が安定し、さらに強力になった。つまり、貴方の魔法攻撃力が大きく底上げされるスキルとみていいわね」

「だよね! うおー、すげー!」

「それに、持久力も上がってるんじゃないかしら。羨ましい限りね」


 フィーナにはとにかく持久力がない。スキルを使っていると頭がぼんやりしてくるのが弱点だった。


 だが、「無限魔力」はそれも補ってくれる可能性がある。フィーナにとって、ありがたいことこの上なしなのだ。


「あたし、これまでは小さな破裂くらいが精いっぱいだったけど……今なら、大きな爆発も起こせる。これで、どうにかここから出られないかな?」

「試してみる価値はあるわね」


 フィーナは目の前の壁を見据え、深呼吸する。大きな爆破を心の中に思い描き、呪文を詠唱する。


「ブラスト──ボルケーノ!!」


 紅い火球が壁に広がり、腹に響く轟音と共にはじけた。


「うひゃっ」


 真冬が思わずびくりと肩を震わせる。


土ぼこりが晴れると、壁は砕け散り、向こう側への道ができていた。


「お、おお!」

「すごい! 道ができてる!」


 フィーナは思わず息をのむ。


 自分の力が、向上していることが何だか信じられない。あれほど練習しまくった呪文が、上手く使えているのだ。


戸惑うフィーナの背中を、真冬が叩く。


「胸を張りなさいよ、フィーナ。貴方が突破口を開いてくれたんだから。さあ、脱出するわよ!」


 そんな風に誰かに言ってもらえたのは、冒険者になって初めてかもしれない。


その言葉に応えなければ、とフィーナは思う。


「……ありがと、真冬! よし、行っちゃいますか!」


 そんな風にして、2人の脱出が始まった。



◆◆◆



2人は薄暗いダンジョン内をおっかなびっくり進む。よどんだ空気はカビ臭く、歩みを自然と遅くさせる。


しばらく歩くと、見覚えのある階段が見えた。


「ねえ、あれってあたしたちが下りてきた階段じゃない?」

「そうね。あそこが出口に通じているはずですわ」


 出れそうだ──そう思ったのも束の間、わきの通路からぬうっと魔物が現れた。


 バジリスクだ。それも、数が多い。10体以上はいる。


「……こりゃあ、団体さんだね」

「フィーナ、後ろからも来てる!」


 振り向くと、背後にもいつの間にか5体ほどのバジリスクがにじり寄ってきている。完全に挟み撃ちだ。


「熱烈歓迎ってやつかな」

「言ってる場合? ぜんぜん嬉しくないわよ、この状況」


迂闊に近寄れば毒をくらい、動けなくなってしまうだろう。


「……真冬、あたしの傍を離れないで。デカいのを使うから」

「やれそう、フィーナ?」

「こういう時用の爆破魔法もあるんだ。いちおう練習だけはしておいてた。やってみる」


 深く息を吸い込み、フィーナは叫んだ。


「ブラスト・ファイアワーク!」


 瞬間、周囲のバジリスクが花火のような爆風に包まれ、豪快に爆ぜ散った。


ブラスト・ファイアワーク。自らの周囲、半径10メートルに広範囲の爆発を巻き起こす術式だ。むろん、真冬は巻き添えにしないように術を調整しておいてある。


「ギャウウッ……!」


 トカゲたちの巨体が全て倒れ、動かなくなる。その体にはヒビ割れのように黒い焦げ目が走り、各部はちぎれ飛んでいる。


「……この指輪、本当にすごいな。ファイアワークなんて、一発撃ったら一日寝込むくらい体力を持ってかれるのに」


 フィーナは自らの魔法の威力を噛みしめた。真冬も目を丸くしている。


「凄まじいわね……。爆破魔法を使いこなす貴方もなかなかのもんよ」

「いやー、いつか使えるんじゃないかと思って、密かに練習してたんだよね。はは、あの時の練習は無駄じゃなかったんだな」


 敵わなかった敵と、戦うことができている。


 自分の身を守れる。誰かを守れる。それがフィーナには嬉しかった。


 フィーナが冒険者になったのは、両親のような出来事を繰り返したくなかったからだ。


 この力なら、何だかやれそうな気がする。フィーナはそう思うのだった。



◆◆◆



 2人はダンジョンの外に出た。


 土と草のにおいがする。遠くに復元された縄文住居が見える。平和そうに鳴く鳥ののさえずりが聞こえる。ちょうど夜明けのようで、東の空から陽が昇り始めていた。


 無事に三内丸山に戻ってきたのだ。


 少し冷たい風が吹いてはいるが、空は白み、朝日できらきらと輝いていた。空は透き通るような快晴で、春が近いと思わせてくれる。


「出口だー! 真冬、出口だよっ!」

「ええ、戻ってこれたわね」

「やったねぇ! 生きてる……あたしら、ちゃんと生きて外に出れたじゃん!! やったぁーーー!!」

「抱き着かないでちょうだい。うっとうしい」

「なんだよぅ、ちょっとくらいいいじゃんかよぅ」


 口ぶりは冷たいが、真冬も嬉しそうに笑っている。再び少し冷たい風が吹いて、2人の髪を揺らした。


「ただ、生き延びたのはいいけど、おかげでバイト代は無しになったわね」

「あ、そうだった! うわー、最ッ悪だ! 家賃どうやって払おう」


 フィーナは思わずしゃがみこむ。そもそも金に困って受注したのがこのクエストだ。雇い主であるククリ・サナトの態度からして、最初から金を払うつもりは無かったといえるだろう。


「くそぅ、思い出したらまた腹が立ってきた。あのククリ・サナトとかいう男、絶対に許せん!」

「そうね。冒険者ギルドにも報告しなければならないし」

「とにかく、次の仕事を見つけなきゃなぁ。どうにか家賃分を稼がないと」

「ふむ……」


 真冬は顎に手を当てる。


「貴方は今、どこのパーティにも属していないんだったわね?」

「うん、そうだよ」

「なら――この私と、一緒にパーティを組まない?」


 フィーナは立ち上がる。真冬の瞳は本気だった。黒い瞳が、フィーナの目をまっすぐに見つめていた。


「私も一人よ。一緒にパーティを組んでくれる誰かを探していたの。貴方となら一緒にやれる気がする」

「いいの? ホントに?」

「ええ。二言はないわ」


 私、助けられっぱなしだな――とフィーナは思う。だが嬉しかった。誰かに必要とされるというのは、冒険者になって初めてのことだった。


「分かった。パーティを組もう。真冬、よろしく頼むね!」

「決まりね」


 そんな風にして、朝方の遺跡のど真ん中で、2人はパーティ結成を誓い合ったのだった。

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