第3話 「三内丸山」 やるかやるかやるかだ

 フィーナの両親は、異世界の融合が起こった日に命を落とした。


 世界の融合は唐突だった。突如として巨大な地震に襲われ、轟音が響いた。天地がひっくりかえるかと思うような激しい揺れの後、気が付いた時には、フィーナの家は青森と一体化していた。


 見慣れぬ木々が地面から生え、辺りには魔物が出現していた。恐怖にかられながら崩壊した家を探し回ると、リビングは潰れており、両親は折り重なるように、家具の下敷きになって死んでいた。


 そこからどうやって逃げたか、よく覚えていない。気づいた時には、フィーナは公園に座り込んでいた。周りには、同じようにして逃げ込んできた避難者がいた。


 その時に助けになったのは、異世界から飛ばされてきた冒険者達だ。


 冒険者達も混乱の中、生き残った人を守るために立ち上がってくれた。名前も知らない誰かが、フィーナを励まし、どこからか調達してきてくれた飲み水を分け与えてくれた。心の底からありがたいと思った。それをフィーナはよく覚えている。


 ──あたしは、家族を救えなかった。

 ──でもこんなあたしを救ってくれた人がいる。

 ──だったら、あたしは「救う側」になろう。誰かを救える冒険者になるんだ。


 フィーナが冒険者になろうと決めたのは、その強烈な思い出が胸に残っているからだ。



◆◆◆



「う……」


 ふと目を覚ます。フィーナの体は冷たい床に横たえられていた。


「ここは……」


 周囲を見回すと、薄暗い通路がまっすぐ伸びており、傍らには真冬がいた。


「ようやくお目覚めね」

「真冬!」


 がばりと飛び起きる。これまでの記憶が鮮やかにフィーナの脳裏によみがえってきた。


「せ、成功したんだね……真冬、ケガは?」

「問題ないわ。氷結魔法のクッションがうまくいったから」

「おお、よかったぁぁ」


 安堵のため息をつく。バジリスクの気配もない。ひとまず、逃げのびることに成功したのだ。


「フィーナこそ、ケガはない?」

「全然平気! 回復ポーションは使わなくてよさそうだよ」


 回復ポーションとは、ケガを癒す液体状の薬のことである。冒険者なら必ず持ち歩く、仕事の必需品だ。


「いやぁ、ほんとによかった、よかったよぉ。真冬のおかげだよ」


 思えば、フィーナは真冬には助けられてばかりだ。真冬は言葉こそキツいものの、命の恩人と言っても過言ではない。フィーナは正座し、深々と頭を下げた。


「ありがとう、真冬。おかげで命を拾ったよ」

「……いいのよ。こっちこそ、あなたがいなければ飛び降りることはできなかった」


 照れくさそうに真冬は頭を掻く。


「あっはっは。しかし真冬が高いところが苦手なんてねー。驚きだわ」

「う、うるさいわね! こんなことになると思わなかったのよ! 飛び降りる場面があるんならこんな仕事受けなかったわよー!」


 ひとしきり怒った後、はあー、とため息をついて、それから真冬は少し笑った。


「でも、フィーナ。貴方も無事でよかった」

「えへへ。そりゃどうも、真冬」

「……貴方のおかげね」


 真冬は手を差し出してくる。


「貴方に冷たい態度をとってしまって悪かったわ。ありがとう、フィーナ」

「こっちこそ!」


 初対面の時とは違う、暖かな握手が交わされたのだった。



◆◆◆



 落ち着いたフィーナは辺りを見回す。壁に囲まれた細長い通路だ。


「いや、しかし本当に助かったね。バジリスクもここまでは追ってきてないようだし、あとは出口を探すだけだ!」

「ああ、それなんだけど……」


 真冬の表情が曇った。


「実はここ、出口がないの。私も調べてみたけど、袋小路になってる」

「……え?」


 フィーナは立ち上がり、廊下の端まで歩いてみる。するとすぐに壁にぶつかった。ならばと反対側まで走るが、そちらもすぐに行き止まりにぶち当たった。


「マジか……?!」

「スマートフォンもここは圏外。完全に閉じ込められてるわね」


 このダンジョンの地下2階までなら、多くの冒険者が足を踏み入れていることから、スマホの電波が通じるようになっている。だがそれ以降となると電波の通信圏外となってしまうようだ。


 通路を取り囲む壁を見上げると、フィーナ達が落下してきた上階が見える。壁はやや傾斜があるが、とてもよじ登れそうにはない。


「真冬、氷結魔法でどうにかできない? 氷で階段を作るとか……」

「氷は、複雑な物を作ろうとすると持続時間が短くなるの。上まで届く階段となると長くても10秒程度。上階に戻るまでに崩れてしまうわ」


 すまなそうに真冬は答える。


 フィーナは何とか壁を登れないかと必死に駆け上がるが、歯が立たず、何度もずり落ちて地面に転がった。どこかに抜け道がないかと廊下を歩き回る。


「どっかに道があったりしないの?! 諦めないからね! エルフは諦めが悪いんだ!」

「落ち着いて、フィーナ。ここは助けを待った方がいいと思う」

「あるかもしんないじゃん! 出口がどっかに!」


数時間かけて必死に探索したが、フィーナは光明を見いだせるような物は何一つ発見できなかった。


「……ほんとだ……ほんとにあたしたち閉じ込められてやがる……」


 廊下の真ん中に寝転がり、ようやくフィーナは現実を呑み込んだ。隣には真冬が座り、なだめるようにフィーナに言う。


「ようやくわかった? あまり動き回らない方がいいわ。体力を消耗するから」

「そうだね……そうする」


 フィーナと真冬は座り込む。じっとしていると、フィーナの心臓の鼓動も少しずつ落ち着いてくる。真冬は肩からかけたカバンからペットボトルと紙コップを出し、水を入れてフィーナに差し出してくれた。


「ひとまず、飲んで。喉が渇いたでしょう」

「くれるの? いいの?」

「当たり前じゃない。必要な物資は分け合うものでしょ」


 真冬の言葉に、フィーナはなんだか涙が出そうになる。コップを受け取り、大事に少しずつ水を飲む。体に冷たさが染み渡って、ほんの少し絶望が和らいだ気がした。


「ありがとう、真冬」

「どういたしまして。しばらくはここで耐え忍ぶことになりそうね。助けを信じて待ちましょう」

「助けか……。来てくれるといいんだけどね」

「このダンジョンは、低難易度だと思われているはずよ。そこに行った冒険者が帰ってこないとなると、誰かが不審がってもおかしくない。誰かがここを見に来る可能性はあるわ。……あのククリという男が妨害工作をしていなければの話ですけど」

「くっそぉ、頼む、誰か来てくれー」


 ククリのことを思い出すと怒りがこみ上げる。来るかもわからない助けを待つのは暗たんたる気分になった。


「にしても、三内丸山の地下にここまで地下があったなんてね。昔の遺跡なんだっけ?」

「ええ。縄文時代の遺跡よ。野球場を作ろうと地面を発掘したら、どでかい遺跡が出て来て大騒ぎってわけ。6000年くらい前から、人間が数百人規模で集団生活をしてたっていう遺跡よ」

「へええ。6000年前かあ、想像できないなぁ」

「縄文人も、遠い未来にここにダンジョンができるなんて想像してなかったでしょうね」


 再びフィーナは寝転がる。すると、地面と壁の間にわずかな隙間があるのを見つけた。見ると、奥にきらりと何か光るものがある。


「……?」


 横たわり、這いつくばらなければ分からないくらい位置の隙間。

 手を伸ばすと、そこにあったのは薄汚れた指輪だった。

 土やホコリを払いのけると、小さいながらも凝った装飾を施されているのが分かる。


「指輪……こんなところにこんなものが」

「ダンジョンには時々、そういう装備品が見つかることがあるわ。生きて帰れたら、高く売れるかもしれないわね」

「家賃の足しくらいにはなるかな」


 何の気なしに、フィーナは指輪をはめてみる。ぴったりと、まるであつらえたように指にフィットした。


 少しの沈黙の後、真冬が尋ねる。


「あのペンダント、大事な物だったの?」

「うん。死んだ両親の形見みたいなものかな」

「……そう」


壁にもたれかかり、真冬は続ける。


「……あのククリって男、いずれ報いを受けさせてやらないとね」

「ほんとだよ。ギッタンギッタンにしたる!」

「まったくよ。今度見かけたら引きずり回して、冒険者ギルドに突き出してやらないと」


 真冬も一緒になって怒ってくれるのがフィーナは嬉しかった。


 せっかくの機会だと思い、今度はフィーナから質問してみることにした。


「真冬の氷結魔法、カッコいいよね。羨ましいよ」

「氷結が得意だったの。我ながら便利なスキルだと思ってるわ」

「いいなぁ。でもさ、そんな真冬がどうしてこのクエストに応募してきたの? どこかパーティに属していてもおかしくないだろうに」


 問うと、真冬は少し目を伏せる。


「実は……私、この間まで冒険者パーティの一員だったのよ。けど、メンバーとうまくいかなくて、勢いで辞めてしまったのよ。別のパーティに入ろうと思って色々探したけど、うまく見つからなくて。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで、このクエストに応募したのよ」

「パーティを辞めたって、どうして?」

「そのパーティは全員エルフ族だった。実力はまあまああったけど、ほかの種族を見下していたのよ。エルフ以外の人たちの悪口を平気で言うような連中だった」

「あぁ……いるよねぇ、そういうの」


 フィーナに心ない言葉をかけてきたオークを思い出す。そういうのはどこにでもいるのだ。


「前々から、そういう態度に嫌な気持ちを抱えてた。だけど、ある時ひどいことが起こったのよ。あるファミレスで、獣人族のウェイトレスが料理を運んできたとき、料理に毛が入っていると難癖をつけたってことがあってね。パーティのリーダーは激怒して、料理を床に叩きつけて台無しにしてしまった」

「うわあ、いやな話だぁ……」

「その瞬間、私の中の何かがぶつっと切れてしまったんのよ。気づいたときには席を立ってたわ。こんなことをする連中と一緒にはいられないと言って、自分から辞めてた」


 真冬は苦笑する。


「自分を信じて生きる。それが私の流儀だと思ってる。とはいえ、我ながら勢いだけで行動しすぎよね。……どう? 私は愚かな冒険者でしょう?」

「ううん、そういう話は嫌いじゃない」

「そう? どうやら貴方も私のように変わり者らしいわね」


 フィーナは自分を変わり者と思ったことはあまりないが、真冬が言うならそうなのかもしれないと思う。


「それじゃ、貴方はどうなの? どうしてこのクエストを引き受けたわけ?」

「いや、シンプルに金がなくてさ……」


 フィーナは簡単に自分の事情を説明する。部屋に穴を開けてしまったこと。金がないこと。そのせいで部屋を追い出されそうだということ。我ながら情けない事情だと思う。だが事実である以上仕方がない。


「そうだったの、呆れた。部屋に穴開けるのはさすがにそりゃ怒られるわよ」

「そうなんだよね……言葉もないっす……」

「まあでも、誠意をもって弁償すれば、大家さんも許してくれるかもね。頑張りなさい」


 フィーナは真冬が羨ましかった。


 誰かを思いやり、信義を持って行動できる。自分の能力で収入を得て、未来を切り開ける。そんな冒険者は、本当にカッコいいし、そうありたい。心からそう思う。


「……助けが来てくれるといいわね」

「うん」


 待つしかない状況は歯がゆいが、どうしようもない。


「無事に出られたら、ラーメンでも食べに行きたいわね」


 真冬が遠い目をした。ラーメン。その単語にフィーナは聞き覚えがある。


「ラーメン? 確か、この世界に元からある料理の名前だっけか。聞いたことあるけど」

「あら、貴方ラーメン食べたことないの?」

「うん、脂っぽい食べ物はあまり経験がなくて。怖くてまだ食べてない」

「ラーメンはマジで美味しいわよ。私、いい店知ってるわよ」

「へぇ?」

「『ひらこ屋』って店があってね。お気に入りの店なのよ。煮干しダシが濃厚で、まっすぐで素朴な麺が旨いのよ。寒い冬に食べると染みるのよねぇ」


 真冬によると、青森のラーメン屋は煮干しを使ったメニューが多いという。真冬は今、ラーメンの味を思い返し、空想にふけっているようだ。


「あぁーもう、思い出したら行きたくなっちゃった」

「あはは、そりゃ辛い。ここで死ぬわけには行かないね」


スマホを見るといつのまにか夜の11時を回っていた。時間間隔がないせいでピンと来ないが、今は真夜中らしい。


「ひとまず休むことにしましょ。休息も大事よ」

「そうだね」


 フィーナは目をつぶる。自分の思っていた以上に疲れていたのか、すぐに意識がほどけていった。



 どれくらい眠っていたのか。

 ふと、嫌な気配がした。肌にまとわりつくような、不快な気配。


 フィーナが目を覚ますと、すぐに正体が分かった。

 頭上、フィーナ達が落下した上階の崖部分。そこにバジリスクが2匹集まり、こちらを見下ろしていた。

 降りてこないだろうから大丈夫――そう思ったが、どうも様子がおかしい。


 明らかに、自分たちを見つめている。


 バジリスクの1体と目が合った。それでフィーナもなんとなく察しがついてしまった。


 魔物の瞳に宿っているのは、混じりけのない「食欲」だった。

 よく見ると、口から唾液を垂らしているようにも見える。明らかに、魔物は腹を空かせている。フィーナ達を「エサ」とみなしているのだ。


「真冬、真冬! 起きて!」


 呼びかけると、真冬はすぐに危機を察知して跳ね起きた。


「フィーナ、下がった方がいいわ。私たちは完全に見られてる」

「まさかとは思うけど、あいつら、降りてこないよね」


 頭上のバジリスクが、崖に脚をかけた。ウソでしょ、と思う間もなく、体重をかけてバジリスクたちが体を乗り出す。

こちらを見据えたまま、とうとうバジリスクが空中に身を預けた。


「飛び降りてくる! フィーナ、下がって!」


 フィーナは後退する。しかしすぐに行き止まりの壁にたどり着いてしまう。飛び降りた2匹のバジリスクは地面にべしゃりと叩きつけられるが、すぐに起き上がってこちらを睨みつけた。


「……あいつら、あたしらを食おうとしてるんだ」

「でしょうね。目の輝きが違う」


 バジリスクの、フィーナ達を捕食したいという欲望が、高所の恐怖を上回ったのだろう。

 真冬が一歩前に出た。


「フィーナ、下がってて。私がやる」

「で、でも」

「大丈夫。2体ならきっとどうにかできるから」


 軽くウィンクをして、真冬は笑って見せた。


「目の前の誰かを守るために戦う。それが冒険者。それが、私の流儀だ!」


 真冬は氷結魔法を発動させる。


「フローズン・ランス!」


空中に氷の槍が現れ、バジリスクに飛んでいく。煌めく氷は流れ星のように美しさすら感じるものだった。


「ギャウウッ……」


 氷に貫かれ、2体のうち、1体が断末魔の声を上げて倒れ伏す。が、すかさずもう一体が前足で真冬を殴りつける。真冬は踏みとどまるが、バジリスクは「しゅう」と仄暗い声を上げ、口から白い煙のようなものを吹き付けた。顔をそむける真冬だが、全身がこわばり、片膝をついてしまう。


「くうっ、しびれ毒……!」


 うずくまりながらも、真冬は再び氷の槍を飛ばすが、バジリスクはそれを難なくバックステップで回避する。動きが読まれているのだ。


「真冬! しっかり!」


 フィーナ

 バジリスクが勝利を確信したように真冬を踏みつけ、口を開く。


「しゅうぅぅぁぁ」


 バジリスクが鳴き声を上げた。


 フィーナの体が震える。思考を止めそうになる。だが、逃げ出したい体を叱咤して、フィーナは前を向いて走った。


「うらぁぁぁッ! ブラスト・ボルケーノ!!」


 フィーナはバジリスクを殴りつけた。その瞬間、バジリスクが怯み、一歩後ずさる。フィーナは震えながら、真冬をかばって前に出た。


「真冬から離れろ! トカゲ野郎!」


 バジリスクは腹立たし気に、フィーナに前足のパンチをお見舞いした。早く、そして重い一撃は、フィーナを派手に吹っ飛ばして、壁に叩きつけた。

体中に鋭い痛みが走っている。気づくとフィーナの額が切れていて、顔に血が垂れていた。


「くそ、い、いったぁ……」


 逃げ出したかった。だが、ここで逃げるわけにはいかないと、必死に勇気を振り絞る。怯えてわななく体中を奮い立たせ、フィーナは立ち上がる。


「……真冬は、あたしのことを助けてくれたんだ。こんなあたしをだよ。この人はね、あたしの命の恩人なんだ」


 独り言のように、フィーナは言う。


「真冬はね、いい人なんだよ。何一つうまくいかない世の中で、めちゃくちゃにいい人なんだよ! そんな人を見捨てるわけにいかないじゃん! 真冬みたいな人が、ここで死ぬなんて、そんなのは絶対に間違ってる!!」


 フィーナの脳裏に、両親が死んだ光景が蘇った。


──あんなのは、もう懲り懲りだ。

──間に合わなかった、助けられなかった、そんなのはもうまっぴらごめんなんだ。


 腹の底に力を入れる。


「私が冒険者になったのは……お父さんやお母さんみたいになっちゃう人を、一人でも減らすためだ! 死ぬ運命にある「誰か」を助けるためだ!!」


 血を拭って、フィーナは叫ぶ。


「私は諦めない! エルフは諦めが悪いんだ! 真冬を死なせるもんかッ! かかってきやがれトカゲ野郎!」


 勇気なのか、ヤケクソなのか、フィーナにも分からない。その言葉に触発されるようにバジリスクは猛然と突進をかましてくる。避けきれず、真冬は再び地面に転がった。


「ッ…………!!」


 意識が飛びそうになるのを、気合でこらえる。口の中に血の味が広がった。顔を上げると、目の前にバジリスクがいて、笑みを浮かべるかのように口を歪めていた。


 痛い。

 苦しい。

 死にたくない。

 ――悔しい。


色んな感情が体の中でぐちゃぐちゃになる。極度の緊張と恐怖で、全身の血液が冷えていくような感覚。無理やりに、フィーナは深呼吸を繰り返す。そうすると、フィーナの心の中に、ある一つの気持ちだけが残った。


――こんなところで、諦めたくない!


最後に残ったのは、死に抗い、生にすがる「執念」だった。

すると、それに呼応するかのように、片手が光った。


「え?!」


 見ると、先ほど拾った指輪がまばゆく光り輝いている。


 強く、美しく、混じり気なくオレンジ色に輝くそれは、まるで夜明けを告げる暁の太陽のようだ。


 その時、何の前触れもなく、体に「熱」が走った。比喩ではなく、本当に熱が走っている。


 指輪を見ると、空中に文字が浮かんだ。


『――貴方の体に魔力が充填されました』

『――貴方の体に魔力が充填されました』

『貴方は無限に等しい魔力を得ました』

『貴方は、スキル「無限魔力」を獲得しました』


 目を疑った。それは新たなスキルを会得したことを示していた。


 理解がとても追いつかない。だが、とりあえず考えるのは後回しだとフィーナは覚悟を決める。


「何でもいい! 細かいことは後だ! やってやる!!」


 指輪のまばゆい輝きに導かれるようにして、フィーナは爆破魔法を全力でぶつけた。


「ブラスト――ボルケーノ!!」


 何度も何度も唱えた呪文。だが、今回のはいつもと違った。一瞬大気が震え、次の瞬間には腹に響く爆発音が響いた。


「ギャウウゥゥァッ」


 バジリスクが爆炎に包まれ、悲鳴と共にものすごい勢いで吹っ飛んでいく。衝撃で土ぼこりが舞う。向こう側の壁まで吹っ飛ばされたバジリスクは、それきり一切動かなくなった。


 これまでの爆破魔法とは違う。明らかに出力が違う。スクーターのエンジンと飛行機のジェットエンジンが異なるように。


 フィーナの爆破魔法は、「出力」がけた違いに跳ね上がっていた。


 それだけではない。魔法を使った後、目まいが起こることもなかった。ぐっすりと睡眠を取った後の朝のように、頭は冴えわたっていた。


「や、やった……やった!」


 フィーナは緊張の糸が切れ、地面に片膝をつく。

 まだ信じられない。バジリスクを倒せたことも、自分のスキルがパワーアップしたことも。


「大丈夫、フィーナ?!」


 そこへ真冬が駆け寄ってきた。意識を取り戻したらしい。幸い、バジリスクの毒を強く吸い込まなかったようだ。


「何とか大丈夫。そっちも無事でよかった」

「びっくりしたわよ! フィーナ、貴方そんなに強かったの?!」

「いや、そんなわけないよ。この指輪が急に光り出してさ」


 何の気なしに拾った指輪。改めて見てみると、それは小さいながらも美しい石がはめ込まれており、誇らしげな光を放っている。


「これ、もしかして……アーティファクトなんじゃない?」

「……アーティファクト……これが?」


 アーティファクト。フィーナも聞いたことがあった。


 遺跡の奥で見つかるという財宝。手に入れると、強大なスキルが得られるという、幻の品物。


 夢物語とされてきたそれは、フィーナに逆転と勝利をもたらしてくれたのだった。

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