第2話 「三内丸山」 落下する冒険者

 ダンジョンの中は薄暗い。ひんやりとした空気に包まれ、やや薄気味が悪かった。


 10年前の異世界の「出現」と共に世界中に発生したダンジョンは、危険度や魔物の出現度合もまちまちだ。この三内丸山ダンジョンは低級と言える。


「気を付けてくださいね。低難度ダンジョンといえど、思わぬところでケガをするかもしれません」

「わかってますって」


 ククリは声を潜めて二人に注意を訴える。大げさだなと思うが、案外雇い主に気遣いをするタイプなのかもしれない。


「多少は平気です。冒険者は皆、防御魔法のかかった服を着ますから」


 真冬が付け加えるように言った。


 冒険者は、盾や鎧を身に着けることはほぼない。着ている衣服にダメージを軽減する防御魔法がかけられているからだ。一見軽装に見えて、魔物との戦いに耐えられるようになっている。


 中を進むと、ぶよぶよとした大きなアメーバのようなものが現れた。スライムと呼ばれる低級の魔物である。


 戦闘力は弱く、動きも鈍い。初心者の練習として倒されることが多い存在だ。このくらいならフィーナも対処できる。


フィーナが動こうとしたとき、真冬が素早い動きで走り出していた。


「――フローズン・アイス!!」


 真冬が叫ぶと、スライムが氷漬けになり、一瞬で砕け散った。


 氷結魔法。冷気を操り霜や氷をもたらす術式だ。


「す、すげぇ……」

「このくらいなら造作もないわ。2人とも、ケガはない?」


 これだけで、真冬が優秀な術者であることがわかる。


(これ、もうあたしいらなかったりして)


 そんなことすら考えてしまう。

 すると、フィーナの背後で物音がした。見るとスライムの生き残りが胡乱な動きで迫ってきていた。


「まだ残りがいたかっ! ……ブラスト・ボルケーノ!」


 言いながら、フィーナはスライムにパンチを繰り出す。殴りつけるその瞬間に爆破魔法を使い、殴打の威力を上げるのだ。地味な戦い方だが、これがフィーナの精いっぱいだ。


何度か打撃を繰り返すと、スライムは弾け飛んで絶命した。


「助かりましたよ。2人とも、非常に頼もしい。そのつもりでお願いしますよ」

「ククリさん、ケガは?」

「全然平気ですとも! お2人こそ、ケガがないようで良かったですよ」


 ククリは満足そうに頷き、ダンジョンの奥へ進んでいった。


 地下2階まで、スライムが何匹か湧いては倒されるという状況が繰り返し続いた。特に危なげなく、流れ作業のような印象すらある。フィーナにとってはありがたい。このまま仕事が終われば6万円ゲットなのだ。早く仕事が終わってくれ、とそれだけを考えながら歩いた。


 スライムとの戦いを続けるうち、フィーナはだんだん疲労がたまって来た。


 が、フィーナもそれは慣れている。持参したチョコバーを齧り、脳に糖分を補給しながら戦った。


 だが疲労はいかんともしがたく、フィーナはスライムへの攻撃で勢い余り、つんのめって派手に転んでしまった。


「あたたたた……」

「何やってるのよ、貴方。まったくとんだポンコツ冒険者ね」


 ため息をつきながら真冬はフィーナの手を引っ張って立ち上がらせる。


「貴方……地味な戦い方してるけど、ずっとそうやってクエストこなしてきたわけ?」

「そうだけど」

「エルフは魔法が得意そうなイメージがあったけど、そうでもないのもいるのね」

「自慢じゃないけど、あたしは魔法の才能に恵まれなかったみたいで!」

「ホントに自慢じゃないわよ」


 相変わらずクールな口調であった。


 地下2階の奥で、突然ククリは歩みを止めた。顎に手を当て、考え込む。


「どうしました?」

「ん? いや……」


 真冬の問いにもはっきりと答えない。何もないカベを見つめるククリだったが、やがてにやりと笑みを浮かべた。


「やはりそうだ。すまないが君たちは少し離れていてくれ」


 ククリは手をポケットに入れたまま、呟く。


「雷よ!」

 

爆発音が響き、ククリの体から閃光が轟く。その音と光に、思わずフィーナは腰が引ける。


それは電撃だった。


「何?! い、いきなり壁に向かって魔法撃つって、どうしたんですかぁ?!」

「まあ落ち着いてくださいよ。見てください」


 電撃の破壊により、壁にはぽっかりと穴が開いていた。ククリが穴の向こう側を指さす。そこには下り階段があった。


「階段ね」

「うお、ホントだ。このダンジョン、地下2階より下があったんだ」

「思ったとおりです。さあ、奥を調べますよ。ついてきてください」


 ククリはさっさと歩いて行ってしまう。2人はそれに続いた。


 地下3階はあちこちに苔が生え、より不気味な見た目をしていた。物音はなく、上階より薄気味が悪い。


「薄気味悪いなぁ、何なんだろうここ……」


 寒気すら感じる場所だった。

 本当にこの仕事を引き受けてよかったのか、フィーナは急に分からなくなる。自分のイメージしていた仕事ではない。何かこの先によくないものが待ち受けているのではないか、そう思えてならなかった。


細長い通路を抜けると、やや広い場所に出た。

広間を思わせる開けた場所。広間はあちこちに細い通路が伸びている。その奥に、複数の魔物が眠っているのが見えた。


「あれは……」

「見たことあるわ。あれ、バジリスクという魔物よ」


 真冬の顔色が変わる。明らかに、不吉なものを見かけた時の表情だ。


「しびれ毒をもつ魔物ね。吸い込むと体が動かなくなって半日は寝たきりになってしまうというわ」

「よく知っていますね。さすがは冒険者」

「危険な魔物ですよ。あんなモノが、三内丸山の地下に眠っていたなんて」


 逃げたほうがいい。フィーナは直観でそう思った。


 ここは危険だ。


 何か言わなければとフィーナが口を開きかけたその時、ククリがにやりと口を歪めて笑った。


「――炎よ!!」


 ククリは叫び、魔法を発動させた。フィーナの視界が真っ赤に染まり、気づけばフィーナと真冬は広間に吹っ飛ばされていた。


「ククリ、あなた?!」

「くっくっく。はァーハハハハハッ! いやあ、申し訳ない! 私はこのダンジョンの奥に用がありましてね。ただダンジョンの奥はバジリスクに護られてるもんだから、オトリが必要だったんですよ」


 ククリが歯をむき出しにして笑う。整った顔からは考えられないくらい醜悪な表情だった。


「な……それって、どういう……」

「もう少し分かりやすく言いましょうか。以前はこのダンジョンは今ほど有名ではなかったんです。ここには私にとって必要な植物が生えてましてね。ただその植物を求めて色んな冒険者が挑みまくり、バジリスクに殺されまくったせいで、とうとう奥へ続く階段が封鎖されてしまったんですよ。やがてバジリスクのことは忘れ去られ、初心者向けダンジョンだなんて呼ばれるようになりましたがね」


 フフフ、とククリは笑う。


「バジリスクは群れで行動する。万一、毒を吸い込んでしまったら、流石の私も死ぬかもしれない。そこで君たち二人には、私が安全に植物を採取できるように、バジリスクたちのオトリになってもらいますよ」


広間の奥から、のそりと音が聞こえた。今の騒ぎでバジリスクが起きてしまったのだ。


フィーナはようやく自分の状況を理解した。自分たちは、バジリスクを引き付けるエサだったのだ。


「……おかしいと思ったんだ。あんな強い魔法を使えるなら、ボディガードなんていらないだろって。あんたは最初からあたしたちを捨て駒にする気だったんだ。ふざけんなっ!」

「ククリ、こんなことをしてタダで済むと思わないことね! ギルドに報告すれば貴方はすぐに捕まるのよ!」


 声を荒げて憤る2人だが、ククリは口を歪めてあざ笑う。


「はは。報告? どこの誰がするんです? 貴方達がここでくたばれば、報告も何もないでしょう」


 ククリは低い声で笑い、一歩後ずさる。


「世の中、利用する奴と利用される奴しかいないんです。まぁ、これも運命ってことで諦めてくださいよ。そこでバジリスクたちのエサになるといい」


 その時、フィーナは気づいた。自分が持っていたペンダントが、吹っ飛んだ衝撃で離れた床に落ちている。


「ペンダント! あたしのペンダントが!!」


 駆け寄ろうとするが、ククリは冷たく笑い、再び魔法を発動させる。


「炎よ」


 再び炎が発射され、フィーナに襲い掛かる。


「危ない! 何やってんの!」


 咄嗟に真冬がフィーナの体をつかみ、引き倒す。おかげでフィーナは炎からは逃れられたが、ペンダントはそうはいかなかった。


 フィーナはハッキリと見た。ペンダントは炎に飲まれ、瞬時に黒焦げと化した。真っ黒な何かと化したペンダントの残骸は、部屋の端まで吹っ飛んでいき、どこにいったか分からなくなった。


「よくも! よくもペンダントを! ククリィッ!!」


 ククリはもうどこにもいなかった。逃げた、あるいは隠れてしまったのだ。


それと同時に、広間の奥からバジリスクが歩み寄ってくる。細長い通路からもバジリスクの姿が見える。7体、8体、それ以上が広間に集まってくる。


「ペンダントが、そ、そんな、そんなっ」

「落ち着きなさい! しっかりするのよ、フィーナ!」


 真冬に肩をつかまれ、揺さぶられる。それでフィーナはどうにか気を取り直した。


「ペンダントはもう諦めなさい。今は、とにかく、ここから生きて脱出するのよ。いいわね」

「…………わ、わかった」

「私が先行するわ。貴方はついてきて!」


 真冬は深呼吸した後、広間の出口に向けて走り出す。フィーナもそれに続くが、横の通路からバジリスクが飛び出してきて、目の前をふさぐように立ちふさがった。


「動きを読まれてるよっ」

「くっ……! こっち!」


 真冬は寸前で立ち止まり、細長い通路へ逃げ込む。フィーナもそれに続く。後ろからはバジリスクが追いすがる足音が響く。


「こっちで道は合ってるの?!」

「分からないわよ! でも行くしかないしょうがッ!」


 細長い通路を3分ほど走ると、開けた場所に出た。

 目の前には道がなく、崖のようになっている。見ると、10mほど下にさらに下層があるようで、薄暗い床が見える。


「崖になってる……!」

「追い詰められたわね」


 苦虫を噛み潰したような表情で真冬が言う。バジリスク達が追い付き、物欲しげな顔で口を開いた。

つんとする匂いがして、目の前が一瞬ブレた。


「この匂いが毒よ。深く吸い込むと本当に動けなくなる」


 フィーナは慌てて口と鼻を押さえる。もう逃げ道がない。


「飛び降りるしかない、よね。他に逃げ道なさそうだし」

「そうね。バジリスクは高所を恐れる魔物よ。飛び降りればもう追ってはこないはず。だけど……」


 真冬の言葉は歯切れが悪い。見ると、脚がガクガクと震えている。真っ青になった真冬は叫んだ。


「私、高所恐怖症なのよ!」

「ええ?! 何言ってんのさ! さっきまであんなに頼りになる感じだったじゃん!」

「うるさいわね! 怖いものは怖いのよ!」


 バジリスクは少しずつにじり寄ってくる。フィーナは真冬の腕をつかんだ。


「飛び降りるよ! もうこうなったらヤケだ! 行かなきゃ2人とも死ぬんだよ!」

「う、うう……」

「ていうかさ、真冬は氷結魔法を使えるんだよね!? 着地地点にシャーベットのクッションを作ればいいじゃん! そしたら落下のショックもだいぶ抑えられるんじゃないの!?」

「──確かに! 貴方、冴えるわね!」


 初めてフィーナは褒められた。真冬は早口で呪文を唱え、崖下に薄い氷を重ねたクッションを作る。


「よ、よし! 行くよ真冬!!」

「ああ、もう! どうにでもなれーーーーっ!!」


 2人の叫びが重なる。崖を蹴り、空中に飛び出す。


 空中では、気の利いたセリフなど何一つ出てこない。死ぬかもしれない――落下しながら、そんな恐怖にフィーナは必死に抗うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る