エルフ×青森×爆破魔法 ~異世界ランクSSSの青森でザコエルフが覚醒する話~
出雲 海道太
第1話 三内丸山遺跡の地下にはダンジョンがあるという
「ちくしょぉ、金が……もうこのぐらいしか残ってないのかよぅ」
アパートの一室で、フィーナ・スプリングは所持金を机に並べて頭を抱えていた。
現在の所持金は銀貨10枚。家賃には全く足りない。1週間後にはきっちり不足なく家賃を支払わなければならない。
稼ぐアテはある。――クエストを受注するのだ。
◆◆◆
10年前、世界は突如「異世界」と融合した。
異世界の名は「エセルティーン」。その瞬間から世界には無数のダンジョンが現れ、魔物が溢れ、エルフやドワーフといった異世界人も一緒に転移してきた。
日本の中で、最もその融合度が高い場所が青森である。
識者によると、その融合度は「SSSランク」とされ、これは世界有数の深度なのだという。
異世界との融合度が高い場所にはより多くの、より高位の魔物が出現する。強い魔物は武器やアイテムの素材にもなるため、たちまち青森には腕に覚えのある者が集まり、みちのくの最奥の地は魔物狩りの聖地と化した。
県境には深い断層が発生してしまい、陸路は寸断された。青森からの出入りはフェリーを使うという、まるで離れ島のような存在となった。
道路には自動車が走るが、道端ではマンドラゴラのたたき売りが行われている。ホームセンターでは魔道具のコーナーが作られ、冒険者用の保険まで作られた。津軽海峡は水生の魔物の棲みかとなった。 現代社会と異世界が併存した、新しい世界がそこにあった。
フィーナが部屋で寝転んでいると、チャイムが鳴った。出るとそこに大家が立っていた。恰幅のいい中年女性で、威圧感があった。
「どうです。家賃は払えそうですか」
「あ、は、はい! えへへ、約束の日までには必ず」
「……フィーナさん、貴方はエルフよね。エルフは約束にはうるさいと聞きましたよ。信じますからね」
「もちろんですとも」
異世界生まれのフィーナは、エルフと呼ばれる種族に属する。金髪に長い耳が特徴の、エセルティーン出身者だ。
「分かってるならいいですけど。期日までにきっちり支払ってくださいね。冒険者さん」
「もちろんですともっ!」
大家は疑わしそうな視線を向けながら去っていった。
フィーナは冒険者である。冒険者とは魔物を討伐し、ダンジョンを探索する便利屋の総称である。ただし誰かとパーティを組めるような立場にはない。一人きりで弱い魔物の討伐依頼をこなす日々を送っている。
「はぁぁ……もっと頑張らないとなぁ」
言って、フィーナは手を空中に向ける。その指先から、ポワンと弱い火花がほとばしり、やがて消える。
これがフィーナのスキル、「爆破魔法」だ。
スキル。つまりは特殊能力である。こういった能力を持つ者は多い。世界が異世界と融合した際、世界の大気に「マナ」と呼ばれる魔力の源が入り混じった。それにより、異世界出身でなくとも、スキルを持つ者がいる。
スキルには強弱があり、とてつもなく強力なスキルもあれば、貧弱なものもあり、個人差が激しい。
フィーナのスキルには弱点があった。燃費が悪すぎるのだ。魔法を使うと、すぐに疲れてめまいを起こしてしまう。いくら頑張っても、いくら勉強しても、全く改善しなかった。だから体力の消耗を避けるため、小さな火花で魔物を怯ませて動きを止める戦い方しかできない。それも、弱い魔物に限られる。
聞くところによると、一部のダンジョンには「アーティファクト」と呼ばれる装備品が眠っており、それを身に着けると、強力なスキルを習得できるらしい。だが、実際にアーティファクトを見つけたという具体例は誰も知らず、あくまで都市伝説レベルの話だ。そんなものがあればな、とぼんやり考える日々だ。
だから、フィーナは冒険者としては三流で、簡単な仕事で小金を稼ぐというやり方で、何とか食いつないで来た。金欠のピンチも何度も経験している。
フィーナは畳に寝転がり、天井を見つめた。
「あたしでもできる仕事で、金を稼がないとなぁ。あたし向きの仕事があればいいんだけど」
本来、家賃は今日支払わなければならない。が、どうしても間に合わず、大家に頼み込んで支払いを延期してもらったのだ。
慢性的に金がない理由。フィーナにもそれは分かっている。
部屋の隅に空いた、巨大な穴。半年前、爆破魔法の練習に失敗して出来た物だ。隣の部屋が空き部屋なのが不幸中の幸いであった。
借り物の部屋に対して、恐るべき失敗である。大家はフィーナに対し、壁の修理代の弁償を宣告した。それらは家賃に上乗せという形で請求されているのだ。
「……
起き上がり、フィーナは出かける準備を始めた。
◆◆◆
フィーナは冒険者ギルドへ向かった。
青森市は海に面した街である。その海の目の前に、三角形のビルがある。「アスパム」という観光物産館だ。冒険者ギルドはその3階にある。お土産屋などが並ぶ施設だが、2階から上は会議室や展望台などの施設が存在する、複合型施設である。
潮風に吹かれながら、フィーナはアスパムに入る。1階入り口近くにあるアップルパイの店から甘い匂いが漂ってくる。エスカレーターと階段で3階へ上がると、そこはもう冒険者ギルドだ。
「家賃分を稼ぐには、クエストを受注しないとね。いいのがあるといいけど」
入口へやってくると、通りがかりのオーク族の冒険者に声をかけられた。
「よォ、爆破女! お仕事探しに来たのかァ?」
挑発的な言葉だった。見ると、3人ほどのオークがこちらをニヤニヤ見つめている。
「まあね。稼がないと思って」
「ひゃはははは。オマエみたいな奴がありつける依頼があるといいけどなァ!」
「まあ頑張れよ、ザコエルフ」
「だ、誰がザコエルフだ……!!」
はははは、と笑ってオーク達は去って行った。
(く、くっそぉ……! あのオーク共ふざけやがって! イラつくこと言ってくれるじゃん!)
拳を握りしめてフィーナは侮辱に耐える。
こんな風にからかわれることはたまにある。不愉快でたまらないが、こういう時はとにかく耐えるしかない。一回、どうしても我慢できず言い返して、相手と喧嘩になりかけたことがあってからは侮辱されても我慢するようになった。ギルドを出入り禁止にされてはたまったものではない。
「落ち着け、フィーナ・スプリング。あんな連中はスルーだ。無視だ、無視」
フィーナは顔面をマッサージし、指で無理やり口の端を釣り上げ、笑顔のような形にする。そして、懐から小さなペンダントを取り出した。
両親からもらった物だ。15歳の誕生日にプレゼントされた物で、つらい時や苦しい時には、このペンダントを見ると落ち着くのだ。
両親は、既に他界している。つまり、形見のペンダントなのだ。
「お父さん、お母さん、だいじょーぶ、だいじょーぶだからね。あたしはいつも通り、元気なフィーナちゃんだよ」
それで気を取り直し、フィーナはギルド内のPCにアクセスし、仕事――「クエスト」を探す。いつ頃からか、冒険者が請け負う依頼をクエストと呼ぶようになった。たくさんの依頼の中から、自分に合った仕事を見つけて受付へ持っていき受注するのだ。
だがこの日はいつになくフィーナ向けのクエストはヒットしなかった。難しそうな魔物の討伐ばかりだった。隅から隅まで探したが、徐々に心が折れていく。依頼の件数は300以上ヒットするのに、どれひとつできそうな仕事がないのだ。
もう今日は帰ろうかな、と思いかけたその時、ある一つの案件が目に留まった。
「ダンジョンの低層調査、ボディーガード募集。初心者大歓迎です。金貨60枚。ただし拘束時間はこちらで決めます」
ボディガードの仕事だった。そのダンジョンは青森市にある低級ダンジョンで、弱い魔物ばかりが出るというので初級者の練習場にもなっている場所だ。それで金貨60枚というのはなかなかに「お買い得」な仕事だ。
金貨。正式には「サティルス貨幣」と呼ばれるコインが、今の世界の共通貨幣である。日本円に換算すると、金貨1枚が1000円ほどの値打ちがある。銀貨は100円ほど、銅貨は10円ほどだ。
フィーナは「これだ」と思った。請求されている家賃は金貨50枚。これを引き受ければ支払いができる。ボヤボヤしていたら誰かに取られるかもしれない。そう思い、フィーナはすぐさまページを印刷して受付へ持って行った。
すぐさま依頼は受理され、フィーナはボディガードの仕事を引き受けることになった。
「これでひとまずお金が手に入る」
フィーナはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◆◆◆
翌日、ボディガードの仕事をしに、フィーナは指定された待ち合わせ場所へ向かった。仕事を行うダンジョンの目の前である。
青森市の市街地から南西、三内丸山遺跡の内部にそのダンジョンはあった。
三内丸山遺跡。日本でも有数の縄文遺跡である。住居や倉庫、巨大な柱状の建築物の跡、そして大量の土器が発掘された。数百人の人々が暮らす集落であったとされる。世界の融合の際、何の因果かその遺跡内にダンジョンが出現したのだ。
4月上旬の青森は、まだ春が浅く、風が冷たい。見渡せば、溶け残った雪が土と混じりあい、こげ茶色の塊となって道路の脇に残存している。ストーブをしまうにはまだもう少しだけ早い。
遺跡は広い原っぱだ。ぽつぽつと、復元された縄文人の住居が立っている。フィーナが草を踏みしめながらぼんやりと歩いていると、ダンジョンの入り口に誰か立っているのが見えた。
女性だった。端正な顔立ちと艶やかな黒髪が美しい。身長はフィーナより少し低い。白いブラウスにスカートといういで立ちは、図書館やお洒落なカフェが似合いそうだ。
「あ、えっと……クエストの雇い主さんですか?」
フィーナが声をかけると、女性は静かに答えた。
「いえ、私も雇われた側なのよ」
「あ、そうでしたか。実はあたしも雇われたんですよ! 仲間ですねぇ!」
「ふーん、そうなの」
無表情で、女性は自己紹介してくる。
「私は真冬。
「あたしはフィーナ・スプリングといいます。よろしく!」
真冬の話し方や佇まいは非常にクールだ。悪く言うと冷たそうだ。それでも大事な仕事仲間だ、と思ってフィーナは話を続ける。
「てっきり一人きりかと思ったよ。仲間がいてくれると心強いなー」
「そうね」
「真冬さん、失礼だけどそちらの所持スキルは?」
「私は「氷結魔法」を使うわ」
「あたしは「爆破魔法」ってのだよ。あいにくちょっと腕に自信はないけど」
「ふうん」
真冬はフィーナを足から頭までじっくりと眺めると、冷たい口調で言った。
「私、足手まといは嫌いよ。やるならしっかりとやって頂戴ね」
「も、もちろんですともっ!」
「分かってるならいいけど」
クールな物言いだった。真冬はどうやらハッキリとした物言いをするタイプらしい。
(そんな言い方することないのに……やーな女!)
そうやって話していると、すると後ろから足音が聞こえた。振り向くと、スーツを着た茶髪の男が現れ、にこりと挨拶した。
「やあ、どうもどうも。バイトで来てくれた冒険者さんですね。私はククリ・サナトと言います。よろしくどうぞ」
顔立ちの整った男性だった。20代前半にも、30代前半にも見える。
「よろしくお願いします」
フィーナと真冬がそろって挨拶をする。「いやー遅れてすいませんねえ」とククリは笑う。
「説明は不要かと思いますが……一応、改めてお話しましょう。私はダンジョンの調査員をやっていましてね、定期的にダンジョンの構造を確認しています。私の調査が終わるまで、お二人にはボディガードをお願いしたい」
「なるほど。ダンジョンはどれくらい調査するつもり?」
「このダンジョンは地下2階まであります。というわけで、地下2階まで行きましょう。準備はいいですか?」
「いつでもいいですよ!」
フィーナにとっては大事な仕事だ。何しろ家賃がかかっている。
「では行きましょうか。早く済ませば早く終わりますからね!」
ククリはそう言い、にこやかな笑顔を見せたのだった。
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